15人が本棚に入れています
本棚に追加
/287ページ
額にちいさく汗をかき、フロントに戻るとすると、県議会議員の無辛根があらわれた。
「これは、先生」
「どうしたんだね、顔も見せないだなんてキミらしくもない」
「申し訳ありません、それが」
「ほほお。このわしを差し置いて、小市民の子供の世話かね」
「お言葉ですが、このホテルに優劣はありません。等しくみなさま大切なお客様です」
無辛根は、眉根を寄せたが、すぐにゆるくなった。
「そう。わしゃァ、あんたのその気っ風に惚れたんだ。いや試すようなことをしてすまんね」
「あ、いえ」
「お母さんも──あんたのその立派なすがた見りゃァ、向こうで喜んでいてくれるだろうよ」
「だといいのですが」
すると、
ゴゴゴゴ……
地鳴りがおきた。
一瞬バランスを崩す。
世界がほんのり暗くなった。
外から悲鳴があがった。
急いで東峰が向かう。目を疑った。
晴天がいつのまにやら、ぐにゃぐにゃの黒いガスに覆われていたのだ。
形容しがたいガスの壁。空というより、一定空間を覆っていた。
それは──このホテルだけであった。
最初のコメントを投稿しよう!