第70話 【想《おも》い出《で》水牡丹《みずぼたん》】

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    (ひたい)にちいさく汗をかき、フロントに戻るとすると、県議会議員の無辛根があらわれた。 「これは、先生」 「どうしたんだね、顔も見せないだなんてキミらしくもない」 「申し訳ありません、それが」 「ほほお。このわしを差し置いて、小市民(しょうしみん)の子供の世話(せわ)かね」 「お言葉ですが、このホテルに優劣(ゆうれつ)はありません。(ひと)しくみなさま大切なお客様です」 無辛根は、眉根を寄せたが、すぐにゆるくなった。 「そう。わしゃァ、あんたのその()()()れたんだ。いや試すようなことをしてすまんね」 「あ、いえ」 「お母さんも──あんたのその立派なすがた見りゃァ、向こうで喜んでいてくれるだろうよ」 「だといいのですが」 すると、 ゴゴゴゴ…… 地鳴りがおきた。 一瞬バランスを(くず)す。 世界がほんのり(くら)くなった。 (そと)から悲鳴(ひめい)があがった。 急いで東峰が向かう。目を疑った。 晴天(せいてん)がいつのまにやら、ぐにゃぐにゃの(くろ)いガスに覆われていたのだ。 形容しがたいガスの(かべ)。空というより、一定空間を覆っていた。 それは──このホテルだけであった。  
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