第70話 【想《おも》い出《で》水牡丹《みずぼたん》】

8/23

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/287ページ
    それは、温泉に入っていた月弥たちもそうだった。 このただならぬ異変(いへん)に、月弥は“妖気(ようき)(うず)”を感じ取っていた。 「月弥さんッ、このガスは」 「スモッグだろうな」 「しかし汚染物質も煤煙(ばいえん)もこんな辺境(へんきょう)にはなかったはずだが」 「バァカ。こりゃァ、妖怪(ようかい)が作り出したスモッグだよ」 「つまり、これは」 そう──“妖結界(ようけっかい)”さ、月弥がにたりと口端をあげた。 「こんな高等な(じゅつ)を使えんのはそうそういねぇ。とりまあがろうぜ」 脱衣所から出ると、女性陣の裂帛(れっぱく)(とどろ)く。 あわてて外を開けると、(はだか)の女性たちがタオルやら服をからだに巻きながらいっせいに飛び出したのだ。 「あっちゃー」 ひとりは、ちいさく鼻血を出し。 ひとりは、雑念を打ち払い、背中を鼓舞(こぶ)し、 ひとりは、のぼせて失神(しっしん)。していた。 *   *   * 「東峰さん、これはいったいどういうことですか」 「いったいなにが起きとるんだね」 「すぐにバスを出してくださいッ」 東峰のまえには、一斉に恐怖を抱えた客たちが群がっていた。 そのすがた、(おだ)やかな色はカタチもなく、まるで般若(はんにゃ)である。 「みなさん、落ち着いてください。ただいま原因を究明中(きゅうめいちゅう)です。だいじょうぶ、外からの救援(きゅうえん)もただいま手配(てはい)しました。このホテル内にいればまず安心です。とりあえずそれぞれの部屋で待機(たいき)していてください」 「そんな悠長(ゆうちょう)なことできるかッ」 「あなたこのホテルで安心だという保証(ほしょう)でもあるの?」 「事実、なにが起きてるんだか、わからないんじゃないかッ」 「高いカネ払わしといて、この始末、どうしてくれるッ」 「断固(だんこ)オーナーに抗議(こうぎ)してやるわ」 「クフフ──君子豹変(くんしひょうへん)(ある)いは、外面如(げめんじ)菩薩(ぼさつ)内心如(ないしんにょ)夜叉(やしゃ)といったところか」  
/287ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加