第70話 【想《おも》い出《で》水牡丹《みずぼたん》】

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    (もや)が、あたたかい。 ()んだ蒸気(じょうき)が、晴れた天へ登ってゆく。 湯の中に、影がみっつ。 ひとつは、月弥(ツクヤ)。 ひとつは、貞吉(さだきち)。 ひとつは、浅野幸秀(あさのさちひで)。 『闇鬼(やみおに)』の追手(おって)から逃れ、命からがらこの温泉(おんせん)辿(たど)り着いた。 「ひとまず、落ち着けましたね」 貞吉は、頭に乗せた手ぬぐいで顔を()いた。 「不本意(ふほんい)だ」 不機嫌そうに浅野が云った。 「仕方(しゃ)ァねぇだろ。テメェが旅費(りょひ)御足(おあし)どっかにやっちまったんだから」 「しかしだな、不法侵入(ふほうしんにゅう)だぞ。見つけたホテルマンと客を月弥(おまえ)がぶん殴り、服を換えて侵入(しんにゅう)とは、武士(ぶし)としてあるまじき恥ずべき所業(しょぎょう)だ」 「おれ武士じゃねぇもん」 「加担(かたん)したおれ自身を責めているのだッ」 「僕も迷いましたが、考える(すき)を与えないんですよ月弥さん」 「ばぁか、世の中ァ立ち止まりすぎたもんは負けなンだよ」 月弥の鎖骨(さこつ)が、ゆるゆると動く。 ほだされたけむりが、からだを巻きながら空へ(あわ)(のぼ)った。  
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