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靄が、あたたかい。
澄んだ蒸気が、晴れた天へ登ってゆく。
湯の中に、影がみっつ。
ひとつは、月弥。
ひとつは、貞吉。
ひとつは、浅野幸秀。
『闇鬼』の追手から逃れ、命からがらこの温泉に辿り着いた。
「ひとまず、落ち着けましたね」
貞吉は、頭に乗せた手ぬぐいで顔を拭いた。
「不本意だ」
不機嫌そうに浅野が云った。
「仕方ァねぇだろ。テメェが旅費の御足どっかにやっちまったんだから」
「しかしだな、不法侵入だぞ。見つけたホテルマンと客を月弥がぶん殴り、服を換えて侵入とは、武士としてあるまじき恥ずべき所業だ」
「おれ武士じゃねぇもん」
「加担したおれ自身を責めているのだッ」
「僕も迷いましたが、考える隙を与えないんですよ月弥さん」
「ばぁか、世の中ァ立ち止まりすぎたもんは負けなンだよ」
月弥の鎖骨が、ゆるゆると動く。
ほだされたけむりが、からだを巻きながら空へ淡く昇った。
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