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◆ ◆ ◆
ホテル──【紅葉】
艶があり、古風な和風ホテルとして、三年前にできた。月弥たちのいる温泉も【紅葉】の一角である。
筒井クン───高身長のスーツの男が、給仕に呼び止めた。
「小袖の間のお客様が足を痛めたらしい。キミの持っている冷却スプレーを持って行ってくれないか?」
「わかりました」
「それからキミ、例の客から、『柱に指をぶつけたので慰謝料よこせ』と脅されたそうだね」
「はい」
「謝罪したそうじゃないか」
「・・・はい」
うつむく給仕の肩に、男はそっと手を添えた。
「客はブラックリストに登録しといた。おまえにかわって、警備員の吉田さんと平塚さんにつまみ出してやった」
「え」
「いいか?ひとりで悩まなくていい。なにかあったらすぐに呼びなさい。つらい目に合わせてしまってごめんよ。詫びと云ってはなんだが、パンスターズの観戦チケットを手に入れたんだ。二枚あるからだれか誘って観にいくといい」
筒井は、肩を震わし、目に涙を浮かべていた。
「来週から心機一転がんばってくれ」
筒井は、はきはきとその場を去っていった。
支配人───スーツの男が振り向く。
「県議会の無辛根先生が、支配人にご挨拶したいと」
「あいにくだが、これから天野の間のお客様が熱を出されたので行かねばならない」
「いやしかし、あのお客様は」
「そうだ、きみは富士見の間へ行って、エアコンの調子を調べてくれないか?なにかあったら私に知らせてくれ」
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