死神のサイコアナリシス

2/7
前へ
/7ページ
次へ
 就職活動とアルバイトで溜まった一日の疲れと共に古ぼけたアパートの一室へ帰宅すると、見知らぬ男が居座っていた。  そんな相手が我が物顔で自分の家にいて、私が感じたのは恐怖ではない。怒りだ。  なぜならそいつは私の部屋で私のこたつに入り、私のお菓子を貪っていたのだから。 「《まんまる堂》一日限定十五個の羽二重(はぶたえ)(もち)いいいいぃ!」  男の前に広げられてある竹籠を取り上げる。軽い。すっかり空になっていた。 「昨日奇跡的に買えたお菓子だったのに!」  私の叫びに男はのっそりと顔を上げる。(はと)の血色の瞳に目を奪われるけれど、乱れた長い髪が見苦しい。 「お前がなかなか帰って来ないのでな。つい手が伸びてしまったのだ」  低い声で悪びれる様子もなく言ってのける態度に、私は竹籠をこたつへ叩きつけた。 「つい手が伸びた? 《まんまる堂》の価値を知らないでしょ? 大体、帰宅の遅かった私が悪いみたいに言って責任転嫁も甚だ――ちょっと、聞いてる?」 「紹介が遅れた」  私の怒りをさらりと流して男が言った。相変わらずこたつに居座る姿は、落ち着いているというより感情が欠落しているように見えた。何だか私が怒っていることの方が間違っているみたいで腹立たしい。 「我が輩は死神だ」 「はあ? 死神ぃ?」  そう言われても、信じられるわけがない。  でも、狭い部屋の壁にその象徴であるような大鎌が立てかけてあるし、着ているものはどこまでも黒い。死人のような肌の具合も含めて総合的に見れば、映画や漫画で馴染み深い死神らしくはあった。  警察に連絡しようという考えがやっと頭をよぎったけれど、相手が人ならざるものだとどうすればいいのかわからない。ホラー映画で覚えた九字を切るのは違う気がする。  ため息をつくと、死神の背後にバイト先の店長からお土産でもらった安倍川餅(あべかわもち)の箱が見えた。  よし、彼のことは安倍川さんと呼ぶことにしよう。もちろん心の中で。大体、人のものを勝手に食べる死神だから名前なんて適当でいい。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加