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「いらっしゃいまーーーって、なんだ、アンタか」
店に入るなり、どこか呆れたような女性の声が投げかけられた。
その言葉に僕は思わず苦笑いを浮かべる。
「客に向かってなんだとはなんだよ、霧華」
僕がそういうと、この喫茶店『ジョーカー』の店長、愛染 霧華(あいぞめ きりか)は肩を竦めた。
長い黒髪をポニーテールにし、眼鏡をかけてカウンター越しにこちらを見るその姿はかなり知的で、友人というフィルターを外して見ても美人と言えるだろう。
………まぁ、スレンダー過ぎるのが評価の分かれる所だと思うが。
「何か失礼なこと考えなかった?」
「そうしてると知的な美人だなって思っただけだよ」
「あら、褒めてもコーヒーしか出ないわよ。割引きもミルクも無しね」
「褒めがいがない奴だな。コーヒーにいたっては罰ゲームだ」
「アンタが飲めないだけでしょ?ウチのコーヒーは評判いいんだからね」
苦笑いしながらも入店した僕は、慣れたようにカウンターの霧華の前に座った。
「それで、食べに来たの?1人で来るなんて珍しいじゃない」
「いや、呼び出しだよ。取材に付き合えってさ」
「ああ、あの娘の………アンタも大変ね」
霧華は少し前屈みになりながらカウンターに頬杖をついてこちらに同情の視線を送った。
しかし、そんなことを気にしていても仕方ないので、取り敢えずいつも通りの注文をすることにした。
「それじゃあ、いつもので」
「いつものなんてメニューは無いわよ。ブレンドにしてあげよっか?」
「勘弁してくれ、苦いのは苦手なんだ。カフェオレを頼む」
「はいはい、心して飲んでね」
「………何入れる気だよ」
お互いに零れる笑顔。
霧華との掛け合いはなんとも気楽でいいもんだ。
まだここに通いはじめて1年しか経っていないが、このような気楽な会話ができるのも僕がここに通っている理由の1つだった。
しばらく待って差し出されたカフェオレを口に付けながら店内を見渡す。
壁には綺麗に描かれた山や森の絵が飾ってあり、店内を全体的に落ち着いた雰囲気にしていた。
しかし、いつもならわりと賑わっている店内なのだが、今日は僕以外誰も客がいなかった。
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