1.魔法使い

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「俺のことを試したわけだ。」 「試したというほどではない。どちらかというと確認だ。神谷室長が冗談抜きで私を"魔法使い"と読んでいる可能性に気付いた時点で、私は君の柔軟さと回転の速さをほぼ確信していた。」 「買いかぶりだな。自分で言うのもなんだが、俺は特に飲み込みの速いほうじゃない。普通の人間があのやり取りを聞いて普通に考えれば、そういう結論にたどりつく。」 「どうかな。君たちに関して、面白い統計がある。」 くっと、薄くなったウィスキーを飲み干し、犬神は空になったグラスをテーブルに置いた。一回り小さくなった氷が光を弾いている。 「私と君が全くの他人だとする。店が混んでいて、たまたま相席しただけ。もちろん、君は私がどういう者かも知らない。そんな状態で。」 ぱりん、と、グラスの中の氷が弾けた。 粉々になった欠片が、清水の頬にふりかかって冷たく解ける。 唖然として頬を拭いもしない清水に、犬神が唇を片側だけ引き上げた。 「こういうことが起こったとき。見ていたのは君と私だけ。しかし、目の前にいる私はなにもなかったかのように平然としている。・・・君ならどうする?」 「・・・思考停止して知らぬふり、か。なるほど、大半の人間はあの会話を聞いても、そもそもなにも考えないかもな。」 「その通り。"科学"の進歩と比例するように、君たちは私たちのような存在が引き起こす現象を、不思議がることすらしなくなった。自分達の生活を支える技術は、すべての謎を解き明かしつつある。つまり、今目の前で起こっていることは自分の知識では解き明かせないだけで、ヒト全体として見れば特に不可思議なことではないのだと。」 空いたグラスに気付いた店員が近寄って来た。 水滴の飛び散ったテーブルにも、粉々の氷にも特に反応せず、追加の有無を問う。
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