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俺の住むマンションは、もちろん義両親の所有権で1階から最上階までもれなく香田家の所有物。
元々はお義父さんの物だったけど、いつから書き留めていたのかわからない遺書に“自分が死んだ時は息子の玄にこの地を譲る”と書いてあったらしく、面倒な手続きに追われた挙句俺の物になった。
20階建てのマンションは一つのフロアに4LDKの部屋が5つあるゆったりと広い間取りが集まった家。最上階と、その下は家の中に階段があって俺達の家族が住んでいて、18階の部屋は二世帯分しかない。
つい最近まで2部屋とも人が住んでたけど少し変わり者の作家さんが“電気の通らない山奥に篭もりたい”と売り払って出ていった。
…今18階は1世帯だけ。
住んでるのは…玉露一人。
高校入学と同時に入ってきた玉露は、“お前に何かあった時にすぐ飛んで来れる場所に居たい”とか言うふざけた理由で引っ越してきた。
そこでまず薄らと何かを感じて、でもそれが何かは分からなかった。
そして、夏になって玉露が中学の卒業祝いで父親から貰ったリゾート地の初めての繁忙期に俺と釜伸が巻き込まれ、カッコつけて飲んだ初めての酒に見事に飲まれて泥酔した日。
勢いで何かあったみたいだけど何があったのか誰もわかってない。
ただ、俺達の間で何かあったはず。
よくわからないけど多分俺と玉露だろう。
次は夏の終わりのお茶摘み。
秋冬番茶(シュウトウバンチャ)と呼ばれるわざと時期を外した風味の粗い茶葉を回収しにバイトで向かった俺達三人。
ここでもふざけて酒を煽って記憶が飛んだ。
恐らくここでも俺と玉露は何かあった。…記憶ないけど。
それから冬。
高校一年生の年は妙にいろんな事があってうろ覚えなんだけど、主に玉露とのナニかしか無かったと思う。
クリスマスから年明け三箇日みっちりと俺を拘束したスケジュールを組んで、祝う暇もなくただただ撮影に追い込んでくれた。
…まあ数えきれない程色々あって高一の春先?
年のわりにいろんな場面で肝臓を酷使してる俺はいくらか免疫がついて飲んでも呑まれる事は無くなった。
英語の勉強を住み込みですると大荷物を持って下の階から俺の家に来た玉露は、“近いんだから帰れ”と言う俺を押し切って強制的に入り浸った。
朝から晩まで英語を詰め込んで日常会話が出来る所まで持ってくんだと。
…付き合いたての彼女が居る俺にとっては拷問以外の何モノでもなかったよ。
電話するのも玉露に隠れてトイレとかお風呂とかの合間にコソコソ電話したり、自分の部屋にものを取りに行くフリをしてメールの返事をしたり。
彼女が本命のはずなのに浮気してるような気分になって、玉露が家に住み込む2日前…バレンタインの日に付き合った彼女はその月の内に別れた。
…でもフッたのは俺じゃないよ…向こうから。
“好きな人が出来たから別れよう”そんな感じだったっけ。まあ、“なんとなく”付き合ってたからいいんだ、問題はそこじゃない。
それと同時に玉露に彼女が出来た事が問題だった。
誰だか名前も教えてくれない。写真も見せてくれない。俺の家に立てこもってどこにも出かけてないはずなのに俺が別れたその日に“彼女が居る”と言った玉露を怪しく思わない訳がなかった。
“ただ…俺はその子を好きになれねぇ。でも向こうが逃げるまで俺は別れない”
寝る前にカミングアウトした薄暗い部屋の中で、背中を向けて寝る玉露の手に握られたスマホの液晶についさっき別れたばかりの俺の元カノの名前が映ってたのを見て瞬時に全てを理解した。
…不思議と怒りは無かった。
寧ろ苦しそうに何かを抗う玉露が可哀想で何もしてやれない事に俺まで苦しんだ。
「あれからもう7年も経つのに…」
まだお前は俺の事が好きなんだね。
俺は友達の居ない自分にとってかけがえのない存在である二人を失いたくない。俺達の両親のように歳をとっても仲良く笑い合える関係で居たいから、知らないフリをするしかないんだ。
はっきり言っても諦めないお前だから。
ただ傷つけるだけなら、他にいい人が見つかるまではそのままにしてあげたいんだよ、俺は。
俺みたいなヘタレが自分の命と同じくらい大事な幼馴染を傷付ける事なんかできる訳ないでしょ?
…苦しめてるのはわかってるけど、それ以上になって欲しくない。
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