【side:煎】

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──────────────── 小金井学園・昇降口 ──────────────── ~入学式開会前~ ──春は出会いの季節。 保育園時代から殆ど毎日顔を合わせてきた幼馴染と共に入学したこの学園は、無駄に広々とした、"一見して"高校だとはとても思えない佇まい。 互い違いにズラリと並ぶ褐色味の強いレンガ道、腰より低いツツジの垣根を超えた先に広がるは見渡す限り一面の薔薇。 1歩1歩踏み出す度に漂う花の香りを嗜みながら、なかなか辿り着けない目の前の要塞を目指す。 校庭はここが和の国だと思わせない青々とした芝生の茂る駄々っ広いグラウンドに、競技場を思わせるゴムの質感が遠目からでもわかるトラック。 敷地の端の方に見上げるほどに存在を示すドームのようなスタジアム。 校門をくぐる前から驚きの連発だったこのお金持ち学校の代表格のような場所に入学したオレの動機は… 「──おい!お前の名前見つけたぞイリッ!」 まあ…至って不純、だな。 「クキ...。なんで自分の名前よりオレの名前を先に探してんだよ」 「オレなんか後でもどーでもいいんだよ!大事なのはお前がどこのクラスに入ったかってこと一択だから!」 ──そう、コイツ。 まるで"魚のクソ"かのようにガキの頃からベッタリと離れず付いてくる唯一の友達である“茎野ほうじ”がこの学園を受験すると言ったから。 「ハァ…。うるせーから耳元で叫ぶなといつも言ってるだろ」 ロクな時間を過ごさなかったオレの中学校生活とはおさらばして約1ヶ月。 これまでのオレは…本当に擦れていたと思う。いや、コイツとはその期間も延々と絡み続けた訳なんだけどな。 まあ…言ってしまえば落ちこぼれ…みたいなもんか。 「イリぃぃぃいいいいッ!オレと同じクラスだぞッ!喜べバカヤロー!!」 「あー…はいはいすげーすげー」 オレが本来入学する予定だった高校は、推薦を受けて殆ど決まりみたいなもんだった。 余裕カマして…バカみてーに修練に明け暮れてた幼少期、気がついたら足にバカでけー爆弾抱えてロクに運動も出来ねーような身体になって。 その道にしか進む道はないと思い込んでいたオレに与えられた地獄は進路が決まらない辛み。 頼みもしない中学校の教師達が必死になって色んな学校にオレの叩き売りをしてくれていたみたいだが、推薦の話が上がったすぐ後に思い知らされたのはただひとつ、 “怪我人にはなんの価値も無い” ──と、言う事だけ。 剣道強豪校だと詠われたどの学校からも断りの連絡がひっきりなしにくるのか、正直そこら辺の仕組みはよくわかってねーけど、教師がオレに勧めてくれる高校が徐々に剣道と離れて行くのに気付いてオレは初めて挫折という物を味わった。 そして、あれだけ期待だなんだと騒がれた“全国大会優勝者・深谷 煎(フカヤ イリ)”という名前は、いとも簡単に忘れ去られたんだ。 「イリッ!今年もよろしくな!」 「…ああ。」 笑うことを忘れた訳じゃない。 毎日がつまらない訳じゃない。 ただ、剣道というソレしか自分の能力を発揮できる場所がなかったオレに残された虚無感は日が経つに連れて薄まるどころか膨らんでいく。 それが苦しくて苦しくて、どう足掻いても抜け出せない泥沼の中を必死にもがいてる気分のままなんとも虚しい中学校生活を過ごした。 今年こそは… ──そう思いながら中学校1年から今の今まで。 「高校までお前と一緒とか泣ける通り越して震えてくるわ!」 「…オレはまた1年お前みたいなうるせーヤツがまとわりつくのかと思うと歓喜のあまり血反吐が出そうだ」 「ンなこと言うなよぉ~オレ居なかったら万年ボッチなくせにぃ~」 「あーはいはいウゼーウゼー。」 そう思うことすら無駄に感じるほど苦しんだオレが唯一開放されるのはコイツと一緒にいる時だけ。 同じような苦しみを経験したオレ達は、カッコつけた言い方をすればいわば“同志”みたいなもんで、要は傷の舐め合いをいつまでもしている馬鹿でしかねーのだが…。 それでも剣道以外に何の取り柄もないオレ達が剣道から身を引いた所で何か他にやりたい事がある訳でもない。 どこか一人知らない場所にでも行って静かに高校生活を送って、静かに卒業してそれなりに大学に通って無難な会社に入社してひっそりとした人生を送って、人並みに歳をとるのも悪くないと思ってたハズなのに、 どういう訳か柄にもなく環境に執着して新しい1歩が踏み出せなかった。 要は、思うのと動くのとじゃ違うって事。 全く… 結局コイツから離れる度胸がなかったオレは、こうして通いたくもない学校を選ばざるを得なかったって事だ。 何とも情けねー話だなちくしょうめ。
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