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小金井学園・セレモニーホール
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~入学式中~
“──春香る暖かな風に見舞われて、僕達は今日、ここ小金井学園に入学します。”
1学年を首席で入学したどこの科なのかよくわからないモヤシみたいなヒョロいヤツが当たり障りのない“生徒代表のご挨拶”的なものをなぞっては口から吐き出していく。
「ファ…あーねみぃ…。──つかイリ、見てみろよあのボブカットの女。クソ生意気そうじゃね?」
眠気眼を擦りながら延々と続く式典の挨拶を受け流していると、横から同じく腑抜けたツラで大欠伸を吐き散らかすクキに話しかけられた。
「あ?…どれだ」
「ここから2列前の右端。ニィと一緒に居る女だよ」
コソコソと耳打ちが止まらないクキは、学園のあらゆる物を見渡し尽くしてついには通う人間にすらケチを付け始めたようだ。
昔からのコイツの悪いクセ。
「…ニィ?…あー…お前の茶道教室の幼なじみだっけか?」
「そうそう、アイツのマブらしいから結構気になってたんだけど…思った以上に派手だなあの女。」
必死になってオレの横で指を差すクキの指先を辿ると、その先に居たクキの習い事で昔から馴染みのある女子の横で足を組んでつまんなそうに髪をいじる女が見える。
「…たしかに気が強そうだな」
「だろ?」
2列前って事はオレのクラスの女子って事だろうからアイツも同じクラスなのか、と思うと多少どころじゃ済まない残念感。
別に気に食わないヤツなら相手にする必要も無理に絡む必要もない事は分かってはいるが、見た印象で伝わる嫌悪って言うのか…今まで付き合った女2人と雰囲気が似てて正直胸糞が悪い。
そりゃそうだろ、
思い出すだけでこんなにも苦虫を噛み潰したような気分にさせてくれる女なんて、別れたアイツら以外にお断り申すってんだ。
「ふぁーあ、だりぃ…。つーかもうよくね?」
「…」
「なぁイリ、出よーぜ」
好き放題騒いだ挙句飽きたらコレ。
コイツは何をこんなに舐め腐ったことを平然と言ってんだか。
「初日からそんなふざけた真似をしたら教師達に速攻で目をつけられて過ごしにくくなるだけだろ」
「クッソつまんねぇ」
「しょうがねーよ、諦めろ」
小学校6年生で怪我をして剣道が出来なくなってから受験する当日まで、それなりに大人泣かせなグレ方をしたオレだけど、あの入試の日に人生がほんの少しだけ変わった。
オレの受験票…。
何度も何度も繰り返し確認してカバンから落ちるはずもねーあの受験票が導いてくれたとでも言うのか、呼び止められて振り返った時にオレは初めて同じ男に対して強い憧れを抱いた。
大して人間に興味のないこのオレが。
今思えば、一応モデルと言っても芸能人の類になる訳だから人よりオーラを纏っていてもなんら不思議はないハズなのに、あの時の擦れたオレの目には眩しすぎる程にカッコよく映ったんだ。
どこかで見たことがあると思って調べまくってたどり着いた情報…名前は“A”と書いて“エース”。
日本人離れした身長や顔つきは、他のモデルとは比べ物にならないくらいイケてて。それからオレはのめり込むようにファッションに興味を持った。
相手は芸能人だからな。
そう簡単に会えるなんて思ってねーけど…
初めて会ったのがあんな偶然だからといっていつかまた会える気がしてならないのは、オレが夢見がちな頭の悪い思春期だからなのだろう。
その業界に携わる学をつければいつか会えるかも、だなんて寝言は寝てから言えって話だ。
「──イリ、起立だぞ!」
「んぁ…?──ッ…ああ」
いつの間にか退場の雰囲気になっていた事も気付かずにぼんやりとしていたオレに横から目を覚ますようなクキの声が聞こえてハッとした。
「なにしてんだよ後ろつっかえてんぞ、早く行けよ」
「あ、ああ」
クラスの半分位の人数が消えてオレ先頭に列が途切れている。
クスクスと笑い声が聞こえるクソ恥ずかしい空気の中、即座に立ち上がったオレは前を歩くまだ名前の知らない同じクラスのヤツを追いかけ何事もなかったかのように列を整える。
「プククッ…イリくんは初日からやることが派手だねー」
「う、うるせーよクキ!」
“こーら、1年生。少なくとも先生が居る前では静かにする姿勢を見せましょうね。”
──どこからか男の冷ややかな声が聞こえた。
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