第12話 七回目の桜のころ(最終話)

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 その直後、ふと桜の花びらが春風に吹かれてあたりに舞い上がった。桜色のロングフレアスカートもふわりと揺れる。彼女はその情景にまぎれるようにすっと振り向いて、やわらかく微笑んだ。 「私、今日でハタチになりました」  二十歳--。  だから堂々と千尋を訪ねてきたのだ。壊れそうだった十三歳の子供がこんなにもしっかりした大人になっていた。それだけの長い年月が流れていたことをあらためて思い知らされ、千尋はお祝いの言葉も忘れて立ちつくす。 「あの……これ、まだ有効ですか?」  そう声をかけられて我にかえる。  彼女は小さく折りたたんだ紙をこちらに差し出していた。さきほどとは打って変わって緊張した様子で、尋ねる声は硬く、手つきもぎこちない。こころなしか震えているようにも見える。  千尋は怪訝に思いながらも何も言わずに受け取った。あちこちにしわがついていてかなりくたびれているようだ。破らないよう丁寧に開いていくと--見覚えのあるものが目に入り、ハッと息をのむ。 「よければ、私と家族になってもらえませんか? 形だけで構いませんので……」  不安そうな、祈るような声。  彼女から受け取った紙は、漫画のキャラクターがあしらわれた婚姻届だった。生きる希望になればとおまもり代わりに渡したものだ。あのときのまま夫のほうだけ記入捺印されている。  正直、存在さえ忘れていた。  それでも彼女に渡したときの気持ちは本物だった。家族になってもいいという人間がすくなくともひとりはいると、希望を持ってほしかった。何なら本当に提出しても構わないとさえ思っていた。けれどもいまは--。
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