第12話 七回目の桜のころ(最終話)

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 ハルナがいなくなってから七回目の春が巡ってきた。  ローカルニュースによればそろそろ桜が満開になるらしい。実際、ベランダに出ると空気がほんのりと春めいているのを感じる。きっとマンションに隣接した公園でも桜が咲いているのだろう。  ただ、千尋がそれを目にすることはない。いまは仕事の打ち合わせでもないかぎり外出しなくなっている。生活に必要なことはだいたいネットで済ませられるので、数か月ひきこもることもめずらしくなかった。  今日も朝早くからずっと書斎でノートパソコンに向かっていた。気付けばもう午後二時だ。没頭するあまり食事どころか水分補給すら忘れていたので、すこし休憩しなければと立ち上がる。  リビングにはうららかな陽気が満ちていた。  ほっと気持ちが緩むのを感じながら台所に向かい、電気ケトルで湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れ、昼食代わりにバランス栄養食を戸棚から取ると、ダイニングテーブルにつく。  ひきこもるようになってから、食事はこういうもので済ませることが多くなった。もう料理はしないが、トーストを作るのもレトルトを温めるのも面倒で、そもそも食べることすら億劫だったりする。  それでも、生きていれば食べざるを得ない。  袋を開けてバランス栄養食にかじりつき、軽く咀嚼してからコーヒーで流すように飲み込んでいく。食べ終えるのはあっというまだ。中身のなくなった空の袋をくしゃりと捻りつぶす。
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