第12話 七回目の桜のころ(最終話)

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 ふぅ--。  吐息を落としながら頬杖をついた。  正面には誰もいない。だが、いつもそこに座っていた少女の姿を、いまでも無意識に思い浮かべてしまう。小さな口でもぐもぐと食べて、満足そうな顔を見せてくれることが嬉しかった。  彼女を忘れたことはない。  この家には至るところに彼女との思い出があふれている。穏やかな光に満ちた窓際のフローリングにも、寝室のダブルベッドにも、書斎の大きな本棚にも、二人ではすこし窮屈な玄関にも。  忘れようにも忘れられないが、そもそも忘れたいと思ったことは一度もなかった。いつまでもいなくなったひとに囚われているのは不健全だ。それがわかっていても解放されて自由になることは望まなかった。  自分にとってハルナとは何なのだろう。  いくら考えても結論は出ず、いまでもときどき思い出したように頭を悩ませている。  それまで誰にも何にも執着したことはなかった。恋人でさえ、別れたあとに思い出すことはほとんどなかったし、まして心を煩わされることなど皆無だった。つきあっていたときも淡々としていた気がする。  ハルナに執着するのは、なりゆきとはいえ人生をかけてまで救おうとしたのに、救えなかったからだろう。虚しさと悔しさと恨めしさが心に巣くったまま、それが未練となっているのだ。  けれど、それだけではない。  彼女はここにいたときからすでに特別だった。最初こそなりゆきだったが、いつしか同情心や使命感だけではなくなっていた。彼女の幸せを願いつつも、ずっとこのままでいられたらと思うようになったのだ。  ただ、その気持ちがどういう類いのものかわからない。いまあらためて会えばはっきりするかもしれないし、しないかもしれない。もう実現しえないことを考えても仕方がないのだが。  マグカップを手に取り、ぬるくなった残り少ないコーヒーを飲み干す。  もうすべては終わったことなのに--いくら考えても結論は出ないし、たとえ結論が出たところで何も変わらない。気持ちを切り替えると、空のマグカップを持ったまま立ち上がった。
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