8人が本棚に入れています
本棚に追加
そのとき、チャイムが鳴った。
エントランスからの呼び出しである。マグカップをダイニングテーブルに戻して、背後のインターフォンに向かう。そのモニタに映っていたのは、デニムジャケットを羽織った若そうな女性だった。
格好からいって宅配便ではないだろうし、マスコミ関係にも見えないし、訪問販売員という雰囲気でもない。しかしながら他に心当たりはない。怪訝に眉をひそめながら応答ボタンを押した。
「はい」
「遠野千尋さんですか?」
「そうですが」
向こうにはモニタがないので千尋の表情はわからないはずだが、声から訝しむ様子が伝わったのだろう。彼女はわずかに体をこわばらせた。それでもすぐに気を取り直したようにすっと背筋を伸ばすと、明瞭な声で告げる。
「私、ハルナです」
「えっ」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。聞こえてはいたものの、なぜか内容が理解できない。混乱する頭でどうにか咀嚼したその途端、ハッとして食らいつくようにモニタを覗き込む。
そのとき初めてきちんと顔を見た。モニタが小さいうえ解像度も低いのではっきりとはわからないが、確かにハルナの面影があるような気がする。だが、彼女はもうこの世にいないはずでは--。
「そこで待ってろ!」
そう叫ぶと、鍵をひっつかんで全速力でリビングを飛び出した。
最初のコメントを投稿しよう!