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「おまえは親元に戻されてたのか?」
「はい」
彼女はうっすらと苦笑した。
「家に戻ってすぐ、おにいさんにもらったICレコーダーで証拠を押さえようとしたんですけど、あっというまに見つかってその場で壊されてしまいました。すみません、私が不器用なばかりにせっかくのお膳立てを台無しにしてしまって」
「いや……それは、オレのほうが申し訳なかった……」
思いつきで使い慣れないものを押しつけたのが間違いだった。そうなる危険性くらい認識してしかるべきだったのに。そう後悔していると、彼女はかすかに口元を上げてかぶりを振った。
「でも無駄にはなりませんでしたから。そのとき激昂した父親に殴られながら110番したんです。結局、それは親子喧嘩で片付けられてしまったんですが、あのひとたちは世間体を気にするので、通報を恐れて殴ることをためらうようになりました。おかげでだいぶ楽になってます」
そこまで言うと、ふっと寂しげに目を細める。
「そのかわり大事なものを目の前で壊して捨てられましたけど。あのペンギンのぬいぐるみ、おにいさんに買ってもらったものだって察していたみたいで。止めようにも私の力ではとても敵わなくて……あの日はショックで泣き明かしました。おにいさんにも申し訳なく思っています」
「そんなものまた買ってやるよ」
ペンギンのぬいぐるみでも、他のものでも、ハルナが望むなら何だって--。
その気持ちが伝わったのか彼女は小さく安堵の息をついた。そして傍らで咲き誇っている桜を見上げながら再びゆっくりと歩き出し、あとをついていく千尋に振り返ることなく話を続ける。
「ただ、思うままに手を上げられなくなったせいか、母親の暴言はますますひどくなりました。おにいさんのことまで引き合いに出して、私を傷つけようと躍起になって。でもそれが目的だと認識しているので、いちいち真に受けることはなくなったし、もう傷ついたりしません」
しなやかながら芯のある声で言い切ると、静かに足を止めた。
「家を出るために、高校生のときからこっそりとバイトをしてお金を貯めました。いまは大学に通いながら進学塾の講師と家庭教師をしています。おかげで残り二年の学費と生活資金くらいは貯められましたし、講師の時給を上げてもらえることも決まったので、もうひとりでもやっていけそうです」
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