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狭い部屋の大部分を占めるこたつに、ふたりで足をつっこんで。
冷えたままの足が触れあうのを、「冷たいね」なんて言って笑い合って。
みかんとおかしを子どものようになって奪い合って。
「出たくない」を「離れたくない」と告白にして、仕事を押しつけ合って。
それでも折れるのは、いつも私。
そんな幸せを夢見ていた。叶えたと思っていた。
「今日も頑張ってね」
ゆがんだネクタイを締め直すときに見える、銀の輝き。5年が経って、ようやく慣れた。
「今日は接待で遅くなるから」
車のキーを取り出す。
私の気づきは、杞憂で終わってくれるのだろうか。
「わかった。なにか用意しておこうか」
「いいよ、先に寝てて」
気をつけてね。
声にする前に、ワゴンのドアが音を立てて閉まってしまった。
エンジン音を響かして走り出していく車に、小さく手を振る。運転席から手が上がっているのが見えて、やはり考えすぎだと胸をなで下ろす。
小説家志望という彼と結婚したのが5年前。
夢を諦めてまで今の会社に入社したのも、「結婚に反対していた私の両親に認めてもらうため」。
今でも時間を見つけては何かを書いているようだが、私にはその中身を教えてくれない。つきあっていた頃から彼の小説を読ませてもらったこともないので、結婚して今更気にすることでもない。
フリーターであった彼と同棲を始めて3年の時に、「けじめをつけてほしい」と迫ったのは私。
渋ることもなく、手続きを済ませてくれた。
子どもができなくて悩んでいた時期も、長男をほしがる自分の両親じゃなくて、私の味方になってくれた。
同年代の女性が子どもの世話に必死になっているのを見てうらやましく思うこともあったが、友人に「理想の旦那さん」と褒められる度に、大事にしてくれる人がいるから大丈夫だと確信できた。
それなのに、最近、ある心配が日常に影を落としている。
彼の手から、ずっとつけてきたはずの結婚指輪がなくなっていたのだ。
おかしいと思ったのが3ヶ月前。
その日から一度も、その輪が彼の指についているのを見たことがない。
彼の性格からして、どこかでなくしたりトイレや排水口に落としてしまったりなんて、日常茶飯事。
なにも言わないし態度も変わらないから、悩ましくて訊けないのだ。
そこまで考えて、やめた。
下駄箱の上では、新婚旅行時の二人が幸せそうに笑っている。それでいい。
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