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陽気な声が木霊する繁華街。
今日も仕事帰りの人々が、歓喜の声を響かせる。
その中に一際、目立つ笑い声が響く。
それは酔ったサラリーマン風の男の笑い声だった。
一見すれば、楽しい一時を過ごしているようにも見える一幕。
だが、俺には分かっていた。
彼は楽しくて笑っているのでは無いのだと....。
経験上、目を見れば分かる。
それは自らの境遇を嘲笑う笑い。
悲しみと苦しみの末に生じる笑いだ。
何故それが分かるのかといえば、彼の瞳には俺同様、絶望しか見られないからである。
そう彼は人生に絶望しかしていないのだ。
俺と同じように..。
俺は歩きながらビールを一気に飲み干すと、空き缶をゴミ箱に捨てた。
(さて、帰るか....。)
気晴らしを終えた俺は、ゆっくりとした足取りで帰路に着く。
正直、その男の行く末が少し気にはなるが、所詮は他者。
俺には関係無い。
だが、その絶望に満ちた瞳を見てしまったからなのかは分からないが、俺は思い出していた。
平穏なる日々が失われた日の事を....。
ーーーーーー
俺は九恩慈(くおんじ)家の長男として生まれた。
当時は父、幸悦(こうえつ)と母、霞(かすみ)、俺と妹の凪沙(なぎさ)の合計四人で暮らし。
何不自由ない暮らしだった。
家の事は執事の内藤(ないとう)さんと家政婦達が、行い、仕事で良く家を留守にする父の代わりに執事の内藤さんは俺と、良く遊んでくれたのだが....。
それも今や、過去の思い出に他ならない。
何故なら俺が十四歳になって間もなく、その幸せなる日常は失われたからである。
そして事が起こったのは今から、六年前のある夜....。
その日、俺は日常と呼ばれる平穏なる日々を失われた。
静けさを打ち破るかのように響きたる悲鳴と、何かが倒れる鈍い音ーー。
父と母は、そんな状況にただならぬものを感じたのか、息を呑む。
だが、それも一瞬だった。
父と母は何らかの覚悟を決めたように、無言のまま頷き合う。
それが両親と過ごした最後の時間だった。
母は妹の凪沙と俺を隠し部屋へと閉じ込めると即座に、その場から離れ去る。
だが、その数分後だった。
何かが壁にぶつかったような鈍い音が響く。
無力な子供に過ぎなかった俺と凪沙は、悪い予感を感じとりながらも、ただただ声を殺しながら身を潜めているしかなかった。
それより何時間が経過しただろうか?
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