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馬鹿だな、と思った。
女がじゃない。乗ってしまう俺が、だ。
女はしつこくて、結局その誘惑に俺は負けてしまった。さっさと帰って寝たいのに、最近嫁とはめっきりご無沙汰なのでつい惹かれてしまった。金は腐る程あるのだから、募金だと思って絵の具代だけ渡して帰った方がよかったかもしれない。ただ、今日はひどく疲れていた。久々にこういうのもいいかと思ってしまったのだ。
女は「やったあ!」と叫びながら小躍りすると、あっさりと露店をしまい、笑顔で振り返った。
アーモンドのような丸い瞳。屈託の無い小悪魔のような表情。若さしか伺えないその風貌を見ていると、まあこんな展開もいいかと思えた。彼女は画材と色紙が満載したカートを転がしながら、俺の横に並んで歩く。
「ねえねえ、どこ行く? おにいさん、お名前は?」
「誰がお兄さんだ。三十二だぞ。夏野。夏野圭一」
「偽名?」
「偽名」
女はケラケラと笑った。女の名前はアコといった。派手な目鼻立ちであけっぴろげに笑う様は、汚れた天使のようなアンバランスさを感じた。
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