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――“夏野さんってなんか淡白だよね。私、よくなかった?”
初めて玲香を裏切ったのは、結婚してからすぐのことだったように思う。
そこらで誘われた、若い女。顔はもう覚えていないけれど、行為が終わったあと、なんだかつまらなそうにそう言われたことだけは覚えている。
仕事場の近くは所謂『そういった地帯』なのか、俺は女に声を掛けられることが多かった。俺の顔は人生の疲れが滲み出ているありがちなサラリーマンだったが、玲香は「そこに色気を感じる」と言っていた。一部の若い女にはハマる顔なのかもしれない。
声を掛けられて気が向いたら金を渡し、その分一夜、楽しませてもらった。そこに意味などあったのだろうか。別に性欲が強いわけではない。玲香はお嬢様特有の潔癖なところがあり、夜の生活にあまり積極的ではなかったが、だからといって俺は人肌恋しかったわけでもない。ただの気分転換だったのかもしれない。
カーテンから差し込む朝日で目が覚めた。
ぼんやりした意識の中、枕元のスマートフォンを手に取る。午前七時。こんなに熟睡したのは久しぶりだった。時間に換算するとたいして眠ってはいないはずだが、余りに深い眠りについていたせいで、妙な爽快感を感じる。そこで、俺は昨夜のことを思い出した。
俺は、アコに触れられている間に寝てしまったのだ。
確かに昨夜は疲れていた。アコの肌は人間ではない何かのようで心地よく、その背中を撫でていると途端に睡魔が襲ってきた。そこから意識が無いのだ。何かおかしい、と思い、ふと思い出す。
――“一口、飲む?”
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