第一話

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   あの時だ。  ホテルの一階の売店で買ったコーラ。アコにせがまれて買ったペットボトルだ。シャワーから出た後、自分も飲み物を買っておけばよかったと後悔した。そんな時に、コップに注いだコーラをアコに渡された。  ……あれに何か入っていたに違いない。  ため息をつきながら、俺は耳をすませた。ベッドにアコの姿は無い。シャワールームにも人の気配は無い。もう出ていったのだろう。まだ金は渡していなかったから嫌な予感がしていたが、自分の落ち度だ。もうどうでもよくなっていた。  手に持っていたスマートフォンを見つめた。  今日は休日だったが、いつもの癖で指がメールを確認し始める。既読のタイトルが並んでいる中の、一番上。クライアントから一件、深夜二時にメールが来ていた。「英字デザインにスペルミスがあったので至急修正してほしい」との内容だ。泣きっ面に蜂。玲香に送ったメールが現実のものとなったことを思い出し、言霊かよ、と独りごちる。  俺は都内で働くフリーランスのグラフィックデザイナーだった。  クライアントの希望は基本言いなりである。赤にしろと言われればどうしようもない色合わせでも赤にするし、向こうのミスによる修正依頼にもすぐ対応する。その代わりもらうものはもらうが、それでも俺は一体何をしているんだろう、と我に返ることもしばしばだった。  
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