第四話

17/22
前へ
/83ページ
次へ
   俺はアコと離れた頃から、気分転換に美術館やアートイベントを覗くようになった。  それはアコの影響が多分にあったと思う。アートには興味は無かったものの、何事にも縛られないアートの世界は心が洗われる気がした。相変わらずえげつない黄色を求められるデザインの世界で、俺にとってそれは救いだった。それらを見続けているうちに、自分の中で変化も起きつつあった。俺は多少の時間の消費を承知で、クライアントに言われるままではない、効果的なデザインを提案するようになっていった。  そんなある日、あるアートイベントでひとつのDMを見つけた。  水彩画の、小さな個展の案内だった。  DMに掲載されている向日葵の絵を見た瞬間、名前を見ずともその作者が誰だか分かった。  それは小規模な個展で、横のカフェには店員はいるものの、展示の方には取り仕切る人間はいなかった。入場無料なので勝手に入っていいらしい。カフェで料理を待っている人たちなのか、若者が数人絵を眺めている。  俺たちは中に入ると、脇のテーブルに置いてあった記帳ノートを開いた。それは個展開催者が来展者を把握し、希望者には次回の展示の連絡などをできるようにするためのものだ。  翔はそれに名前と連絡先を書きながら、ふと呟く。 「そういえば、アコちゃんってデザイナー志望じゃなかったでしたっけ。なんで水彩画なんすか。学部ってファイン系だったんすか?」 「あー……悪い。あれ、嘘なんだ。アコは学生じゃ ない。元はただの似顔絵描きの、放浪人」 「え! そこまで嘘だったんすか。もはや圭さん、虚言癖っすよ。虚言癖」  確かにそうだ。俺は虚言癖の()があるかもしれない。自分の気持ちにも嘘ばかり付いていた。多くの人を巻き込んで、傷付けた。  玲香の父の会社との繋がりも無くなり、仕事は減った。俺は今、全ての嘘の報いを受けているのだと思う。  俺も記帳ノートに記入していると、横から翔が覗いてくる。 「……圭さん、間違えてますよ。 『夏野』じゃなくて『夏木』でしょう」  俺は渋々答える。 「偽名なんだよ」  そう言うと、翔は何かを察したように「やっぱり虚言癖」と呟いた。  
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加