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そしてその日── 私が酒田という港町に出発する日がやって来た。買い付けの仕事もあるため、港までは景光さんも同行してくれると言う。
いくつもの峠を越えて、綺麗な景色の道をひたすら歩くこと三日間。ようやく大きな船がいくつも停泊し、荷積み荷降ろしで活気に溢れる港町、酒田に到着する。
三日間も歩き続けたのは初めてだけど。山や川などの景色が綺麗だったのでハイキング気分で歩けてしまった。
履いていたのが、ようやく慣れてきた新しいスニーカーで良かった。
景光さんの言いつけで。私は寝る時以外、あの狐のお面を付けている。服装も衣川のお邸で用意してもらった男性用の服。
歩いている間、景光さんはこうも言った。
「舟の上では…… 舟の郎党も限られているから、その面やナリについてとやかく言うつもりはねぇが。
敦賀で舟を降りたら、寝床で独りになる時以外はその面を付けて男のフリをするんだ。いいな。
これは俺のためだけではなくて、いずれは御館のため、奥州のためにもなるんだ。約束してくれ」
まぁ…… 景光さんにそこまで言われては、逆らうつもりもない。
酒田でもう一泊して翌朝に船は出港するため、用意してもらった宿で湯浴みをして身を清める。
「湯浴み」とは。衣川の景光さんのお邸で一度経験したけど、この時代のお風呂のことのようだ。
でもお湯に浸かるのではなく、焼けた石に水をかけて湯気を満たした部屋で汗をかく…… まぁ、ミストサウナのようなものね。
この時代の人達って、放っておいたら1ヶ月もお風呂に入らないみたい。私は毎日でも入りたいのに。それにも、だんだん慣れて行ってしまうのかな。
翌朝、髪を男性みたいに結ってもらい、あのお面を付けて景光さんと港へ向かう。
景光さんが進む先には一際大きな船が。あれが私が乗り込む、敦賀へ向かう船なのかしら。
「こいつが俺の弟子の橘似だ。敦賀まで頼む。向こうには遣いを寄越すように言ってあるから、ソイツに受け渡すまでを頼む」
景光さんが乗組員らしき浅黒い肌の男性に言うので、私も「橘似です。よろしくお願いします!」と、頭を下げる。
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