其ノ壱:鞍馬からの誘拐

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 さっき転寝(うたたね)をしてしまったからか、ご飯を食べてお酒も飲んで身体(からだ)が温まったからか。全然眠くならないので、私は布団に座ってぼーっとしている。  雨の音はしなくなった。もうやんだのかな?明日はまた、晴れて海も穏やかになるかな?  不意に…… 引戸の外に人の気配を感じた。 「橘似…… まだ起きてる?」 「九郎?私なら平気よ」  そーっと引戸が開いて、そこから九郎が顔を出す。 「なによ。入ってらっしゃい」 「えへへ…… ありがとう」  まるで無邪気な子供のような笑顔で言い、引戸を閉めて私の元へ寄って来る九郎。  私の元へ寄って来る九郎。寄って来る九郎。九郎…… って、なんで私の布団の上に並ぶように座るのよ! 「さっきも言ったけど。橘似って可愛いよね」  そんなこと、今まで言われたことがないから俄かには信じられない。しかもこんなイケメンに。至近距離で! 「静ちゃんに言い付けちゃうぞ。あんなに可愛くてさぁ…… プニプニしてて女の子らしくてさぁ…… ま~羨ましい」 「静は静で。でもまた、あなたも魅力的ですよ、橘似」  コイツは本当に昨日まで山奥の寺に預けられてた稚児なの?  って、なになに?私、四つも歳下の男の子に押し倒されてる!あ~、でもなんか、幸せな気分…… 「これっきりにするから。橘似……」  コトが済んでしばらくしてから、九郎が呟いた。 「なになに?私ってそんなに魅力のない女だった?やっぱり、貧乳が原因?」 「ひんにゅーって、何?」 「…… 知らなきゃいいのよ」 「さっきの橘似の言葉、すごく嬉しかったよ。僕の郎党に加えてほしい、ってさ。奥州に行くことを決めたのはいいけど、独りぼっちでどうしよう?って思ってたんだよね。  そしたら、武蔵坊とか、喜三太とか、三郎とか…… みんな僕について来てくれるって言ってさ。しかも、こんなに可愛らしい女子(おなご)である橘似まで……  僕は誓うよ。みんなを守る。みんなと(さぶらい)の世を作って行く。だから橘似には、ヘンなことをしない──  って、告げに来たはずだったのに。橘似があまりにも可愛かったものだからつい…… ゴメンね」  なんですか?この可愛い生き物。
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