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九郎が布団から上半身を起こすので、私も起きる。そして今の言葉のお礼のつもりで素肌のまま九郎を抱きしめる。
「ありがと、九郎。私も嬉しいよ」
部屋の床に、不自然に四角く明るい部分がある。
さっきまで雨が降っていたのに。もう雨雲は洗われてしまったのかしら。きっとあの明るい部分は部屋の小さな窓から差し込んでいる月明かりだ。
この時代。武士としての道を覚悟するには、九郎は少し遅いのかも知れない。
でも、弁慶さんや喜三太から聞いたのだけど。きっと九郎は鞍馬寺にいた時、読み書きやこの時代に必要な教養を叩き込まれているはずとのこと。
私達のことを思いやれる。また、源氏も平家も関係ない武士の世を作るって言っていた九郎だから、きっと本当にやってくれる人なのだと思う。
確証はないけど、なんとなくそんな気がする。
私達を、ちゃんと導いてね、九郎……
背中に回している腕の力に、思わず力を込めた。
「…… 橘似」
「…… なぁに?」
「胸…… 小さいよね」
「今すぐ死ぬか?小僧!」
*
翌日は昨日の雨が嘘のような晴天。
私達は次郎さんの船に乗り込み、一路酒田の港を目指す。
終始海も穏やかで、私達は快適な海の旅を満喫。私も船の上ではお面を外し、髪も解いて過ごしていた。
今ここに── この船の上に、姿を偽らなければならない理由はひとつもないから。
もうすぐ酒田の港に到着するので、平泉への行程の間はまたお面を付けなくちゃ。と、デッキで髪を結い直そうと思っていたら九郎が手伝ってくれた。
本当に、気が効いて優しい奴。あの敦賀の夜、これっきりにする。なんて言ってたけど。
お姉さんは、いつでも九郎を受け入れる覚悟でいるからね。
九郎と、他の郎党達と。平泉でこれからどんな日々が待っているのか。考えたら少し不安になるけれど。
でも、船の上でもこんなに仲良しだった私達だもの。きっと楽しい日々が待っているはず。
うん。きっとそう。
(其ノ壱:鞍馬からの誘拐 終)
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