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「俺の名は堀景光。この奥州で金売りを生業としている。怪しいモンじゃねぇ。
御館に呼び出されて、これからお邸に向かうところなんだが…… お前さんはなんだい?どうしてこんな山の中で倒れていたんだい?」
男に起こしてもらい、私は全身に付いてしまっていた腐った落葉や土を払う。
そうだ…… 私、どうしてこんな山の中に倒れていたんだろう。
「私は……」
「ん?どうした?お前さん、名前は?」
「私の名前は……」
あれ?どうしてだろう。名前が出て来ない。
「…… どうやら可哀想な女子を拾っちまったみてぇだなぁ。どうだい?お前さんさえ悪くなかったら、俺と一緒に御館のお邸に行くかい?」
こんな山の中に取り残されても困る。この男は誰かに呼び出されて、そこへ向かう途中だとも言っている。一緒に行けば、それなりの街にも出れるだろう。
「はい…… お供させてください。あのぉ…… ありがとうございます、堀さん」
「ははは…… くすぐってぇや。景光でいいって」
「はい、景光さん」
景光さんは私の顔を突いていた木の枝を杖代わりに歩き出すので、私も後を追う。
「お前さん…… 名前がないと不便だなぁ。まぁ、俺がよく弟子に騙らせる橘似を名乗りな。
時に橘似よ。お前さんの、そのナリはどーしたもんだい。俺は宋や蒙古、北方の連中とも商いをしているが、そんな格好のヤツなんて今まで見たことがねぇや」
山道を歩きながら改めて自分の格好を見てみる── スキニーなジーンズに白のブラウス。まったくいつもの感じだ。
この景光という男、いったい何を言っているのかしら。
「まぁ、いいか。御館も今さら異形の者に驚いたりはしねぇだろうよ。ただ…… 天下の金売り景光が女を連れているってのは如何だろうか。悪いがお邸に着いたら、こいつを付けていてくれねぇか」
景光さんは斜め掛けにしている毛皮のバッグから白いあるものを取り出して、そして後ろを歩く私に向ける。
受け取ったそれは── お面?これ、狐?鼻から目の部分を覆える、紐を耳に掛けるタイプのお面だ。
まぁ…… 助けてもらって逆らえる立場でもないので、ここは受け入れる。
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