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其ノ壱:鞍馬からの誘拐
「ありがとうございました、次郎さん。お部屋まで使わせてもらって」
「な~に、いいってことよ。景光っつぁんから聞いてるぜ。京から積荷を持って、また平泉に戻るんだろ?待ってるぜ、ここで」
そうか。景光さんは帰りの便の手配も次郎さんにお願いしてくれていたんだ。なんて用意周到な……
「橘似さんですか?」
丸太のタラップで船から降りると、ちょっと小綺麗な少年が私に声を掛けて来た。
「はい……」
「良かった。狐のお面が目印だと聞いていたので。景光さんから全てを仰せつかっています、喜三太です」
「あぁ!喜三太さん。よろしくお願いします!」
私は喜三太と名乗る少年に頭を下げる。
「では早速。こちらへどうぞ……」
私を先導するように歩き出す喜三太さん。なんか…… 若いのに身のこなしが雅やかだな。京都の人だからかな。
「次郎さ~ん、ありがと~。待っててね~」
最後に手を振ると、船の上にいる次郎さんは笑顔で手を振り返してくれた。
「景光さんから全ては聞いています。明日、鞍馬の磯禅師の元へ伺う手筈を整えました。なので今日中には京入りしたいので、先を急ぎましょう」
「ここから京は、そんなに近いの?」
「ええ。ここから一山越えたところに、近江という琵琶の形をした大きな湖がありまして。速舟で対岸まで行けば京は目と鼻の先です」
「そう…… では、よろしくお願いしますね」
敦賀という港町を出発すると、しばらくして山道に入る。
「ほら…… あれが近江ですよ」
ちょうど峠に差し掛かったところで、喜三太さんが指を差す。その方向を見ると、眼下に大きな湖が広がっている。水面に日の光が乱反射していて、とても綺麗。
あれって…… ひょっとして琵琶湖?
もう…… あっちの世界だったら、スマホの地図アプリで現在地を確認できるのに!
って…… そうか。この世界にはスマホも…… 電話すらもないんですものね。情報伝達のスピードって、人の足の速さなのよね。
にしては、景光さんの情報って伝わるの速くない?どんな通信網を持っているのかしら。
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