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ヴェルターが頭を下げると、うむ、と小さく喉をうならせるようにして上の空な返事をよこす。死体の前から数歩引きさがって老人に場所を譲った。そのままこの場から離れようかとも考えるが、第六感にも似た何かがこの場に自分をとどめようとする。予感の正体は何であろうと探るうち、やがてひとつの答えにいきあたった。つまり、バロメッツを探し当てるために必要になるだろう知識を得るためには、目の前の老人に尋ねるのが最適だろうということだ。
悲しみにくれる姿にやや躊躇いながらも、おずおずと口をひらく。
「その、……。彼の死を不名誉のうちに終わらせないためにも、俺たちはバロメッツを見つけ出そう思っています。ご協力をいただけないでしょうか」
遺骸を向いていた老人がゆっくりと振り返る。そうして、白い眉の奥の怯えた野生動物のような瞳が、深い眼窩の奥から青年を捉えた。言い知れぬ圧迫感を覚えつつも、何も言わないのを了承と受け取って、訊ねてみる。
「まず、バロメッツは知能をもって行動することがあるのですか。人を殺すことは可能ですか。勝手に歩き出して逃げることは、できるでしょうか」
前代未聞の食材が失われ、見張り番の男が死体となって発見された。この状況を説明できる筋書きをヴェルターはふたつ想定していた。
ひとつは、何者か――恐らくは盗賊か、とびきりのグルメか――が見張りを殺して、バロメッツを持ち去ったというケースである。この場合、犯人はいくらでも想定できてしまうから、殺害現場に居合わせたわけでもない科長に訊ねることは無い。
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