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もうひとつ考えられるケースは、バロメッツが自ら見張り番を殺害し逃走したというケースだ。本当にそんなことが可能なのかはヴェルターにはさっぱり判断がつかない。だからこの博識な老人に訊いてみるのが一番手っ取り早く、信頼できる。
科長はしばらくの間長く伸びた髭をしごきながら質問の内容を整理しているようだった。ヴェルターはなんとかあくびをかみ殺す。老人はまだ黙ったまま。だんだん質問が通じたのかどうか不安になってくる。そんなころ、答えが返ってくる。
「……アレックスは、熱心な奴じゃった」
答えではなかった。
「奴は弟子の誰よりも一生懸命で、いつも机に向かって書物を読み漁っておった。口を開けば質問ばかり。見張りの仕事だって、ガストロノミアのためならばと率先して引き受けてくれた。……他のやつらは、あれはダメじゃ。誇りも、向上心もない。グズどもだ」
ぶつぶつとした声は聞き取り難く、ヴェルターは耳をすませることで何とか内容を了解することが出来た。とはいえ会ったこともない人間の死を憾むことも愚痴に共感することもできず、反応に困る。的外れな答えは、それだけ悲しみが根深かったということなのだろうか。
そんなことを考えていると、老人は再び口をひらいた。
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