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ヴェルターは路地へと通じる広間の石段に腰掛けていた。その悄然たる横顔が、半日もの探索の成果を雄弁に物語っている。脳裏に浮かぶのは磔にされて業火に炙られる料理長の姿。――人使いは荒かったけれど、悪い人では無かったのに。ひしひしと募る罪悪感と半日の徒労とが重なって身体が鉛のように感じられる。茜色に染まった石畳を見るに、市長と国王との会談まであまり時間もなさそうだ。なんの成果もなくどんな顔をして戻ればいいのだろう。そう思うと、ここからいくらも歩かないはずの市長の屋敷がやけに遠く感じられる。
ふと、視界の端に影が伸びているのをヴェルターは認めた。わずかに顔をあげれてみれば、自分の方を目指して歩いてくる少女の姿がある。歳は十台後半くらいだろうか。手には籠を提げている。何だろうかと訝しむうち、少女はヴェルターの前で立ち止まって、朗らかな笑顔を浮かべる。
「こんにちは。オレンジ、いかがですか」
眩しい笑顔から籠へ、視線をずらせばいっぱいにオレンジが載っていて、それで疑問は氷解する。しかしとても呑気にオレンジを頬張るような気持ちにはなれない。
「悪いけど、気分じゃない。また次の機会に頼むよ」
少女はそうですか、と残念そうに返事をして、ぷいと背を向ける。ヴェルターは少女から虚空に視点を落として、またあてもなくぼんやりとする。
空を仰げば陽は刻々と傾いている。料理長はいまごろどうしているだろう。市長への言い訳を考えているのだろうか。それとも俺を待っているのか。失望は免れないにしても、やはり屋敷に戻るべきだろう。ヴェルターは悶々と考え、溜息をつき、立ち上がろうとする。――その時。
「……ッ!?」
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