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目にぴりっとした衝撃が走り、その場にしりもちをついた。慌てて目元をぬぐってみれば、眼前で先ほどの少女が潰れたオレンジを手に悪戯っぽく笑っている。沁みたのはオレンジの果汁であったらしい。戯れのつもりだろうが、冗談じゃない。こっちはそれどころではないというのに。ヴぇルターは勢い込んで立ち上がる。
「――そういう悪戯はよそでやってくれ。俺はいま、気が塞がって水の一滴も飲めやしない気分なんだ。オレンジなんて、見たくもないね!
彼が早口でまくしたてるのを、少女はきょとんとして聞いていた。怯えるでもなく悪びれるでもなく、そんなに迫力が無いのかとヴェルターが内心ショックを受け始めるころ、ふたたび懲りない笑顔を取り戻す。
「……とても気が塞がっているようには、見えませんけど。まあ元気になったみたいで、良かったです」
「……」
ヴェルターは自分の出した声の大きさを思い出し、少しびっくりしたあと、むっつりと黙り込み、やがて少女に数枚の銅貨を手渡した。
5
「もしかして、それ、バロメッツのことですか」
「し、知っているのか」
うまいこと買わされた腹いせという訳でもなかろうが、駄目もとでこういう生き物を見なかったかと尋ねてみたところ、望外の答えが返ってきた。
「ええ、まあ、多少は。父がそういう変わった生き物を調べていて、家にもたくさん本があるのです」
しかしその存在について本で読んだことはあっても、昨日それを目撃してはいないという。
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