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役に立つかと思ったが、そうでもなさそうだ。本で手に入る情報ならすでに聞いている。ヴェルターは肩を落とした。買ったオレンジを懐に仕舞い、せめて礼くらいは言おうかと口を開こうとする。しかし遮られる。
「それにしても、変なことを聞くんですね。あれが自分で町を歩いたりとかできるわけもないのに」
常識だろうとばかりの口調で少女は言う。だが、それは、間違っている。――間違っている、筈だ。
「おい、言ってることがおかしいぞ。バロメッツには知能があって、自分で走ることも出来るんだろ?」
「そんなわけないじゃないですか。確かあれの性質は極端に羊と似通っています。毛ももふもふしていて、温かい。しかし植物は植物なのです。自走はもちろん、知能なんて論外です
記憶を引きずり出すように中空をぼうと見詰めながら、少女は断言する。おや、おかしい。ヴェルターは考える。ガストロノミアの科長から聞いた話と完全に食い違っている。市民と専門家では説得力は雲泥の差だが、これを単純な間違いと断じて良いのだろうか。
うんうん唸って考える。そのあいだに少女は、ひっそりとその場から姿を消している。
夜は更けてゆく。
6
ヴェルターは市長の屋敷を足早に歩いていた。表情は固い。無力感からくる自己嫌悪でなく、これから自分のやらなければならないことを思っての緊張が、そうさせている。
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