オレンジの返り血

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 しかし先輩は遠まわしに断ろうとしても要領の悪いふりをして、肩に手まで回してくる。嫌だと叫んで振り切るというだけの勇気は、残念ながら、ヴェルタ―にはない。  肩を落として、恨みがましく先輩を見上げた。 「……俺が料理長に叱られたら、ぜったいに庇ってくださいよ」 2  ガストロノミアとは、美食家の先代市長が存命のころに私設された食専門の研究部門である。食にまつわる文献を濫読してよりよい食事について研究したり、各地を渡り歩いて得た珍味や逸話などを書物として体系化したり、今回のように未知の食材が発見された際にはその調理法を模索、料理人と連携をとってアドバイザーの役割を果たすこともある。  しかし不摂生が祟って先代市長が病死してからというもの、給与は減らされ人員は削られ、凋落の一途を辿っていた。それこそ、貯蔵庫の見張り番なんて雑務を押し付けられるくらいには。  貯蔵庫はひどく暗かった。今日使われる予定の野菜や肉、食材の数々が安置してある。たったひとつの窓から四角く切り取られた陽光が降り注ぎ、部屋の中央に無残な死体を浮かび上がらせていた。判別はしづらいが、歳は恐らくヴェルターと同じくらいだろう。仰向けになって、血塗れで倒れている。     バロメッツらしきものは部屋のどこにも見当たらない。     
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