オレンジの返り血

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 どうやら胴体を正面から袈裟切りに切られたようで、全身が血に塗れている。そのほかの外傷は特に見当たらない。死体の脇には未使用の蝋燭と溶け残りのこびりついた燭台が落ちている。蝋燭は高級品だから、あとで返していおいたほうがいいかもしれない。 「……?」  念入りに見渡していると、ふと気づくことがあった。死体の全身を染める血液の色がよくよく見ると各所で微妙に違いがあるように見えたのだ。黒ずみかけた血とまだそうでもない血があり、面積としては新しい血の方が大きいような。とはいっても自信はあまりない。料理人として日々新鮮な死体と向き合っている彼だからこその洞察であり、それでも確かとは言い難いくらいの差異である。 「ややや……なんとまあ、ひどい」  深い思考の海に沈んでいたヴェルターは戸の開く音にも気づいていなかったので、身体を飛び跳ねさせて驚いた。さすがに驚きすぎだろうと自分で思って、面はゆい気持ちになる。気を取り直して振り向けば、仙人じみた髭を生やした老人がしわくちゃの顔を歪ませ杖をついて立っていた。青年のことなど視界の隅にもなさそうだがヴェルターには見覚えがある。この超俗的な風貌の老人は、ガストロノミアを統括する科長本人である。 「科長さま。お気の毒でした」     
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