3(1) バールゼブルについての抗弁

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3(1) バールゼブルについての抗弁

3 四大軍事種族についての抗弁 「第三に、バールゼブル・グラシャラボラス・アスタロト及びアモンはいずれも有能、公正及び忠良を以て知られたる種族なり」 (1)バールゼブルについての抗弁 「バールゼブルは蜂に類似せる社会性昆虫より進化し、高度な群知能技術を特色とする種族なり。帝国との接触当時、既に複数の惑星系を支配せる彼女は、その〝労働者〟階級を()する自動機械を開発し、各星系において使用せり。これらは単体では高度な総合的能力を持たざるも、輸送・建設・哨戒及び戦闘など特定の目的につき、集合して相互の通信及び連携を図ることにより、あたかも高度文明を有する種族の個体群が自ら編成する集団の如く、優秀な機能を発揮せるものなり。これらはまた、星系内の物質を原料として必要な限り自己増殖を継続し、大型のものでは恒星間航行を含む機動能力を備えたり。さらにこれらは、戦闘時には莫大な数量が星系内に展開し、広大な宙域を満たして激烈なる空電・雷撃の如き電子妨害及び攻撃を行うと共に、集中と拡散によりて大艦隊が出現・増加・消失するかの如き幻影を創出し、敵軍を攪乱(かくらん)せり。服属を求めて侵攻せる帝国艦隊の先遣部隊は大損害を被りて敗退し、これらの自動機械群を〝アバドン〟と呼びて恐れたり。これは先帝種族の言語を基礎とする帝国公用語において、〝破壊者〟を意味する用語なり。彼女が帝国への加入を承諾せるは、実に中枢種族が可動惑星を準光速にて彼女の領有する恒星のひとつに突入せしめ、星系ごと破壊したる後のことなり」 「帝国加入後の彼女は親衛軍に所属し、帝国のため効率的かつ無慈悲に他種族を征服することによりて、その地位を高めたり。これは、彼女が生物学的に厳格な階層社会を形成せる事実によるところが大なり。統治階級たる〝女官〟階級が、生殖に特化せる〝女王〟及び〝雄〟達のために〝労働者〟達を道具の如く使役するという社会構造は、これらを〝自種族〟〝上級種族〟〝下級種族〟に置き換えれば、かかる態度を極めて自然に正当化し得るものなり。これは『発展途上種族もまた偉大なる成長可能性を有し、その尊厳においては先進種族と対等なり』という新帝国の基本理念とは全く異なる発想なり。然し、帝国の拡大期においては種族間の文明発展度の隔絶が著しく、社会の統一や技術移転による恩恵もまた明白なりしが故に、かかる軍事活動に対する批判や懸念は、残念ながら当時の帝国内においては一般的となり得ざりき」 「然し、拡大が銀河系の中央部(バルジ)から円盤部(ディスク)に及び、その限界が明らかとなるに従い、軍事種族の活動目的は、統一のもとで発展せる下級種族からの収奪や上級種族間の権力闘争における奉仕へと変質せり。その傾向は、銀河系外周種族に対する技術流出防止のため、先進種族による進出競争が制限されし〝開発途上星域〟が設置されて以降、特に顕在化せり」 「例えばとある中枢種族は、対立する中枢種族の系列種族に対し、支援を約して反乱を生ぜしめたるも、蜂起後はこれを見殺しとし、その討滅後に弱体化せる対立種族を攻撃して殲滅(せんめつ)せり。この手法は以後、多数の種族によりて模倣(もほう)せられたり。類似の策略としては、二種族が共謀して第三の種族内における紛争勢力を各々支援したる後、内紛による衰弱に乗じてこれを共同征服する事例も多発せり。かかる状況はその後さらに進行し、ついには自らの系列種族とその対立種族を争わしめ、両者の疲弊を待って双方の支配領域を接収するが如き事例までも生ずるに至れり。統一帝国の内部において、かかる共食いの如き事変が頻発(ひんぱつ)せる事実は、とりもなおさず統治機能の弱体化を意味するものなり。然し、これらはいずれも帝国内の治安維持を表向きの理由とし、また中枢種族の政治力を背景とした強力なる情報統制のもとで行われたるが故に、問題の所在を知り得る者は極めて少数なりき」 「親衛軍の構成種族として、バールゼブルもまた不可避的にかかる紛争に関与せり。とある中枢種族はその下級種族に密命を下し、他系列の下級種族を奇襲・絶滅せしめたるが、その直後、他の中枢種族の同盟に対抗すべき必要が生じ、相手種族との間に和睦(わぼく)が成立せり。状況の変更に基づき、中枢種族は攻撃を下級種族の独断によるものとして非難し、討伐のために親衛軍を派遣せり。その任に当たりしバールゼブルの分艦隊は命令に従いて侵攻し、一切の交信に応ずることなく無警告で当該種族の惑星を破壊せり。然し、攻撃直前に事情を察したるこの種族の、必死の弁明に注意を惹かれたる彼女は、密かに使節団と証拠資料を回収せり。滅びたる二つの下級種族の資産は、その後両者の主人(あるじ)達によりて折半(せっぱん)せられたり」 「任務の成功によりて、彼女は科学長官ストラスのもとで種族融合化処置を受ける権利を獲得せり。これは個体群種族全体の記憶及び人格を一個の巨大なる量子演算機構網に移転して、その能力を飛躍的に向上せしめ、帝国における最先進種族の一員としての資格を与える処置なり。この時既にストラスは、融合化が専制的性格を増幅する危険性を有することを発見し、友好種族サタンの助言に従いて、バールゼブル以後の処置においては被治階層の意識をより多く反映することを決定せり」 「然し、演算機構内に再現されし彼女の鏡像は、深刻なる自己同一性の破綻(はたん)から、共有人格崩壊の危機に直面せり。従来その理由とは、生来の専制統治者たる〝女官(にょかん)〟階級が、他の階級と意識を結びたることが原因と説明せられたり。然しながら近年の情報公開によれば、それは対外関係の再認識にも存在せり。他の階級の記憶を得たる〝女官〟の意識は、自らが下級種族や作戦対象種族に対しても、甚大な負担と犠牲を()い続けたる事実を確認せり。〝女官〟の知性を獲得せる〝労働者〟の意識は、中枢種族が女官階級とは全くの別物にして、〝帝国種族〟全体の利益を図る意思も能力も有せざる、利己主義的な種族集団に過ぎざることを発見せり。また同様に、〝女王〟及び〝雄〟の意識は、従来の如き作戦の継続が、長期的視点からは種族と帝国全体の繁栄に非ずして、中枢種族間の闘争や下級種族の反乱による滅亡を招く危険が大なることを推知して、戦慄せり。融合化によりて種族全体に記憶が共有されし惑星破壊等の非人道的作戦の真相もまた、共感能力を備えたる各階層の精神に耐え難き苦痛と恐怖をもたらし、融合体の活動は著しく低下せり」 「ストラスはこれを、単に種族的な個性からくる人格量子化(マインドアップローディング)の不調と報告し、親衛軍の司令部に対して、能力の回復まで彼女を重要任務から除外することを提案せり。それまで中枢種族は、彼女が多数の思考能力乏しき個体や自動機械に依存せることを(もっ)て、政治的には低級種族と見做(みな)し、道義的非難や大損害を被る危険性の高き任務を彼女に割り当てたり。然し、彼女の成功を見て多数の軍事種族が同種の任務を志願するに至りしが故に、司令部は彼女を中心星域外縁の警備任務に転属せしむることを承認せり」 「このことは次の二点において、彼女に好ましき環境を提供せり。第一に、同任務の主目的は正規軍にも対処し得ざる外周星域からの侵攻や大規模紛争に備えての待機であり、当時これらは発生の可能性少なきが故に、正規軍や近隣種族との協力による海賊対策・災害時支援など、倫理的問題の生じ難き活動に従い得たることなり。第二に、この宙域は開発途上星域に隣接せるが故に、ストラスが同星域を所轄する友好種族のサタンに支援を求め得たることなり」 「サタンはバールゼブルに対し、彼女の行為が当時の状況からみて止むを得ざりしものなれど、現在の苦悩もまた正当であり、いかなる社会においても文明発展に伴いて、民主的・平和的政策が必要となりゆく旨を説明せり。然しまた彼女は、その実現には社会全体の平均資質向上が不可欠であり、そのためには文明発展の成果を、単なる生活水準のみならず教養や人格の向上にも活用し、権限を濫用(らんよう)する上級者やこれに加担する下級者の摘発・矯正を含めた、適材適所の権限や待遇の分与を図るべき旨を助言せり」 「さらにサタンは彼女の群知能技術にも着目して、これを評価せり。彼女がバールゼブルの自動機械群(アバドン)に見出したるは、恐れや良心を持たざる安価な無人兵器の大規模使用による、無差別大量殺戮の能力に非ず。高度な操作性とそれを補う自律性を兼備せる、多機能型自動機械の活用によりて正確な情報を取得し、恐怖や憎悪に判断を誤ることなく彼我及び第三者への被害を最小限に止める、軍事力の人道的制御の可能性なり。彼女はストラスに、その実現を可能とする演算・通信技術の開発及び提供を依頼し、彼女もまた遺憾なくその期待に応えたり」 「以上の如き政策的・技術的支援を獲得せるバールゼブルは、自艦隊の改革を実行し、他の組織・種族とも連携して任地の治安向上に貢献しつつ、自らの士気と能力を回復せり。中心星域の辺境ともいうべき外縁において、かつては生物学的階層社会のもとに強権的な軍事力行使の限りを尽くしたる種族が、種族融合を契機として深甚なる苦痛を克服し、短期間のうちに民主的かつ平和的なる統治種族としての資質を獲得せしことは、いわば奇跡とも称すべき事象なり。然しそれは、この種族の優秀なる資質と、それを開花せしめ得る環境が出会いたる幸運こそが可能としたるものならん」
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