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カラスが鳴いたら帰りましょう、そんな文句を呟いて、母親らしき人物が、さっきの子どもの手を引いた。晩御飯はカレーかな。もちろん、そんなのは決めつけなのだが。
「はやく、お前もさ」
それは、こないだ飲んだ先輩の常套句。近頃、ふたりめが産まれたのだと、それが人生すべての喜びみたような顔で、いつも同じことを言う。女の子だと言っていた。ひとりめは男だったから余計にかわいいですね。もちろん、こんなのも決めつけなのだが。先輩は照れたみたいに笑うばっかりで、否定したことはない。あぁ、幸せそうだと、それは素直に信じられた。
いつものすり減った似合わない仕事靴は、型にはまった足音が聞こえる。今日の休日らしいサンダルは、夕陽に呑まれそうな足音だ。ときどき桜の花びらを踏みつけた感触が薄い底から伝わってくる。
「だって、桜がいちばん好きなんだもの。ブーケにしたいぐらいだけど、それはみんな止めるから、せめて満開のときに式をしたかったの」
大人になっちまって、失ったもの。誰より高く木に登って、うっかり枝と一緒に落下する無鉄砲。せっかくだからと一緒に落ちた花咲く枝を、となりに住んでいる女の子に渡す純情。
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