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いつの間にか、子どもらの声は聞こえなくなっていた。振り返っても公園は見えない。あとひとつ角を曲がって、坂を下れば見えてくる小さなアパートが、今、おれの城。と、そんなタイミングで、
「あ、おーい」
「おぉ!どうした?」
「明日、休みですることないから、お前んとこで飲もうと思って」
高校までの腐れ縁が、勝手な理由で角から出てきた。手にはコンビニの袋を提げている。桜の季節に似合わない、少し厚手のジャケットを着ていた。
「行ったら留守だったから帰るとこ」
「いや連絡してくれたら……」
「ケータイ忘れたんだよな」
笑い声が響きすぎないように、風が吹いたのだと思った。
「やっぱ、陽が落ちると寒いな」
大袈裟にジャケットのポケットに手を突っ込む様子は、妙におやじくさい。子どもの頃なら、この季節はもう半そで短パンで駆け回っていたはずなのだ。先ほどのガキ大将じみた少年の横顔を思い出して、おれは、またちょっと笑った。
大人になったおれたちが持っている、ほとんど自分専用の鍵。ボロアパートの一室にしか使えないけれど、確かにそれは、あの頃なかったものだった。
「お邪魔しまーす」
大人になっちまって、脱いでそろえることを知らない子どもらの踵のつぶれたボロ靴は、きちんと並べても妙に場所をとるサイズにかわっていた。忙しなく迎えに出てくる保護者と犬は、ここにはいない。
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