まぶたの母

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まぶたの母

大輔がうつらうつらしていると、急に足元から冷たい風が入り込んできた、と同時に、冷たい足が大輔の足に当たった。 「うわ、冷た! なんや、おかんか」 「しゃあないやろ、今まで風呂場におったからな、足元冷えてしもた」 「風呂入って冷えるて、どんなやねん」 「しゃあない、古い家やからな」 「しゃあない、しゃあないばっかり言うなや。その言葉は聞き飽きたわ!」 母の冷たい足にいらついた大輔は、きつい調子で言ってしまう。 目の前の母はうなだれているようだ。 「すまんな、不甲斐ない親で。大輔が家キライな気持ちもよう分かってる。小さい時から色々我慢ばっかりさせてきたな。怒ってばっかりやったし。……私は母親を早う亡くして、なんちゅうんかなあ、『母』のモデルがないから、ええお母さんでなかったな。けど、大輔も拓海もほんまにええ子に育ってくれた。ありがとう」 気づくと、言っている母のほうも、聞いている大輔のほうも、泣いている。 「おかん、そんな謝らんでええ、おかんは日本一のおかんや」 「大輔、ありがとう、ごめんな」 母のふくよかな身体が小刻みに震えている。 「寒いな、こたつに潜ろ」 涙を拭いながら母が言った。 大輔は子供の頃のように、頭まですっぽりこたつに入ってみた。 「暖かいなあ、今日はもう2人ともここで寝よか?」 珍しくそんなことを母が言う。 「せやな、今日くらいはええよな、年越しこたつや!」 答える大輔は幸福感でいっぱいだ。 「このこたつカバー、お母さんのお母さんがな、買おうか、やめとこか、ものすごい悩んで買ったんやで。当時すごい高かったから、大事に使って(つこうて)な。今日はよかった、大輔とゆっくり話できて……」 母の言葉の最後のほうはよく聞き取れないまま、大輔のまぶたは再び閉じて完全に眠りに落ちてしまった。 もう母の姿は見えない。
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