4459人が本棚に入れています
本棚に追加
/194ページ
大学三年の春から卒業まで、私が付き合っていたのは『今井紫苑』。
私が知っている紫苑は、好きでもない初対面の女性と寝るような男じゃなかった。
『大事なのは気持ちだから……』
ふと、紫苑の言葉を思い出した。
私にとって、紫苑は二人目の彼氏だった。大学一年の時、三歳年上の先輩と三か月だけ付き合った。女性の扱いに慣れていた先輩は、私の初めての男で、優しかった。けれど、何度しても、私はセックスに慣れなくて、快感どころか痛みしか感じなかった。
紫苑と付き合って一か月くらいして、求められた時、私は正直に先輩とのことを話した。年上だけどリードしてあげられないし、紫苑が望むような反応が出来るか自信がない、と。紫苑は笑って『大事なのは気持ちだから』と、私にキスをした。身体中に、何度も、何度も。私が『ねだる』日まで、紫苑は私に優しく触れて、キスをするだけだった。紫苑と初めてセックスをした日、私は初めて絶頂を知った。
後で、『俺は初めてだったから、先輩に下手だって思われたらどうしようって怖かった』と笑って話してくれた。
ずっと、紫苑の笑顔が忘れられなかった。
けれど、再会した紫苑に、笑顔はなかった。
笑わなくなった理由を、紫苑が私に聞かなかったように、私も聞けなかった。
週末、ずっと考えていた。
私に紫苑との未来はあるだろうか……?
紫苑となら、もう一度笑えるようになるだろうか…………?
どんなに考えても、幸せな未来を想像できなかった。
相手が紫苑に限ったことではない。誰が相手でも、私に幸せなんて訪れない。
あの男がいる限り――――。
私はため息をついて、デスクの上の分厚いファイルを開いた。
最初のコメントを投稿しよう!