4.彼の傷

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*****  紫苑と再会して、付き合い始めてから三か月が過ぎようとしていた。大学時代のように毎日のように会って、毎日のようにセックスをして、というわけにはいかないけれど、私たちは週末をどちらかの家で過ごして、映画を観に行ったり、飲みに行ったり、年相応の付き合い方をしていた。  この三か月、あの男の気配はない。  紫苑は相変わらず笑わないし、その理由も言わないけれど、それでも彼が楽しいとか嬉しいとか感じている時はわかるようになった。  私は紫苑と二人きりの時だけ、ほんの少し笑えるようになった。 「紫苑、結城さんと名達さんが喧嘩してるって聞いた?」  金曜の昼、私は休憩が終わる少し前に紫苑に電話した。 『それでか……』 「ん?」 『いや、名達が珍しくすげー落ち込んでるから飲みに行かないかって、影井に誘われた』 「そ。私も結城さんに話を聞いてほしいって言われたの」 『そうか。じゃ、帰る時に電話して?』  私と結城さんは定時で退社すると、電車でふた駅移動した。紫苑にも教えていない行きつけのBar『Queen or Joker(クイーン オア ジョーカー)』に入った。 「すごい……。素敵なお店!」  結城さんは、店を気に入ってくれたようだった。 「ありがとう! 嬉しいわぁ、こんなに可愛いお嬢さんたちに気に入ってもらえて」と、オーナーが胸の前で両手の指を絡ませて言った。  オーナーはいわゆるオネェだ。彫の深い顔立ちと百九十センチを越える長身、身体は学生時代に空手をやっていただけあって引き締まっている。ツーブロックはオネェらしくはないが男らしく、いつもは甲高い裏声も怒った時や驚いた時は地声に戻るのだが、その声がまたセクシーな低音で、希望がないと知っていてもオーナーに会いたくて店に通う女性客が多い。店の客に手を出すことはしないと決めているから、オーナーは自分がゲイだと公言しているけれど、実は男女どちらも愛せるバイだと、私は知っていた。
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