4.彼の傷

7/19
4512人が本棚に入れています
本棚に追加
/194ページ
 私が彼のもとから逃げ出せたのは、オーナーのおかげでもある。  「私、本物のオネェ様に会うの初めてです!」  結城さんも同じ仕草でオーナーに言った。 「あら、素直で可愛い子ね」  オーナーは結城さんを気に入ったようで、他のお客には内緒だと、いただき物のチョコレートを出してくれた。きっと、オーナーのファンからのプレゼント。  私はダーティー・マザーを、結城さんはカクテルに詳しくないようだったから、私がカルーアミルクを注文した。  どちらもコーヒーベースで、チョコレートによく合う。  オーナーにお任せで料理を注文して、私と結城さんは乾杯した。 「あの……。朱音さんは幕田さんの元カノ……のこと……聞いたことありますか?」  結城さんが(おもむろ)に話し始めた。 「元カノ?」 「はい……。昨日、(たくみ)の……名達さんの部屋で元カノの写真とか……プレゼントとか見つけちゃって……」  なるほど……。 「私……、元カレといい別れ方したことがなくて、いつも浮気されたり大喧嘩したりして別れてたから、別れたらすぐに元カレのものは捨てちゃうんです。だから……、元カノの思い出を大事に持ってる巧の気持ちが……わからなくて……」 「未練があるんじゃないかって……責めちゃった?」  結城さんは小さく頷いた。 「そっか……。名達さんは何て?」 「未練があるわけじゃないけど、嫌いになって別れたわけじゃないから捨てられなかった……って……」 「思い出……って怖いよね……?」  私は見るからに濃厚そうな色のチョコレートを一粒、口に入れた。苦みが口の中に広がる。
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!