4.彼の傷

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「母親の自殺の現場を目撃するという衝撃的な体験をしたのですから、不眠症なり鬱なりは仕方ないでしょう。ですが、きちんと薬を飲んでいれば日常生活に支障はないはずです。あなたからも、息子にきちんと通院して薬を処方してもらうように促していただきたい」  原稿を読み上げているような、抑揚も感情もない台詞。  今日、この場に紫苑がいなくて良かったと思った。 「わかりました」 「息子のことで何かありましたら、名刺の番号に連絡ください」  紫苑のお父さんはソファから立ち上がった。  私は彼を引き留めはしない。  紫苑には会わせたくない。 「今後とも、息子をよろしくお願いします」  上質なスーツを着て、磨き上げられた靴を履いた彼はそう言って頭を下げた。  紫苑同様、他人を見下して虐げる人間は嫌いだ。特に、『親』の立場を乱用する人間は。  思い出したくない誰かと重なって見えて、私は黙って見送れなかった。 「奥さまの自殺の原因は……彼の言う通りですか?」  彼の背中に緊張が走ったのが、見て取れた。けれど、すぐに平静を取り戻す。 「息子は誤解しているんですよ。鵜呑みにしないでください」  初めて、紫苑のお父さんの声に『感情』を見た。  彼は振り向かずに出て行った。
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