5.温もり

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「それは……後で説明するから、とりあえず今は何も聞かないでくれ……」  俺たちは飲み物を注文して、息を潜めていた。  朱音と向かい合って座っているのは、叔母さんだった。戸籍上は継母。 「ずっと……気になっていたの」と、叔母さんが言った。 「だけど、紫苑が私に会ってくれるとは思えなかったし……」 「紫苑が元気かを心配なさっているのでしたら、安心してください」  声だけで、朱音が怒りを堪えているのがわかった。背筋に氷を落とされたように、全身の毛が逆立つ。低く、抑揚のない声。 「ねぇ、朱音さん。紫苑から姉さんのことをどう聞いたかわからないけど、紫苑は誤解しているの。主人と姉さんの仲は随分前から冷え切っていたし、何度話しても姉さんは離婚に応じようとしなかった……。私と主人の関係は、姉さんも承知のことだったのよ」  叔母さんの声はやけに芝居染みていた。  愛する男との仲を引き裂かれた可哀想な女、にでもなりきっているのだろう。 「私にそんな話をするのはなぜですか?」  きっと、朱音も叔母さんの小芝居に気づいている。  その証拠に、発した声はいつもよりずっと低い。 「私は紫苑と和解したいの。紫苑は姉さんの忘れ形見だし、少なからず血の繋がりもある。だから――」 「――私に紫苑との仲介役をさせたいのでしたら、お断りします」と、朱音はきっぱりと言った。  影井と結城さんは話の意味が分からないようで、不思議そうな顔をしているが、勘のいい名達は事情を察したようだった。
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