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七時。結城さんと店に行くと、紫苑と名達さんが先に来ていた。挨拶を済ませ、メニューを見ていると、私のスマホが鳴った。
「先に注文しておいて?」
私は店の外で、電話に出た。相手は課長で、明日の会議に出すお弁当についてだった。
席に戻ると、紫苑がワイシャツの袖を巻くって、グレープフルーツを絞っていた。
同じ光景を、大学時代に何度も見た。
「幕田さんが、先輩は生絞りが好きだって」と、結城さんが言った。
「え……? あ、うん……」
紫苑は絞ったグレープフルーツをグラスに移し、マドラーでかき混ぜる。
「はい」
「ありがとう……」
「久し振りにグレープフルーツ絞ったわ」と、紫苑が言った。
「いや、頼めば絞ってくれるだろ」と、名達さんが言った。
「いいんだよ」
きっと今、紫苑も私と同じこと考えてる……。
そう思うと、嬉しかった。
「ありがとう……紫苑」
乾杯をして、私は四年振りに紫苑が絞ったグレープフルーツのサワーを飲んだ。
大学時代、居酒屋でバイトをしていた友達に、店員にグレープフルーツを絞らせたら量が減る、と聞いてから、私は自分で絞ることにしていた。不器用な私は上手に絞れず、見かねた紫苑が絞ってくれるようになった。
面倒なことを、嫌な顔せずにやってくれる彼の優しさが好きだった。
「名達さんと幕田さんは仲がいいんですか?」
結城さんがご機嫌で聞いた。
会社を出る前にメイクを直した彼女は、昼間より少しだけ濃い目のピンクの唇が可愛らしい。
ぽってりした唇が自分ではあまり好きではないと言っていたことがあるけれど、同性の私から見ても魅力的だ。
ゆるふわパーマの長い髪も、それを緩く束ねているシュシュも、何もかもが女性らしさを引き立てている。
ちょっと睫毛を頑張りすぎた感はあるけれど、そうしなくても十分ぱっちりした大きな瞳が可愛いことは、わかってもらえると思う。
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