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エピローグ
何度も開いては閉じてを繰り返したせいで折りぐせが擦り切れかけてきたその手紙を、神田は久しぶりに開いた。
“
譲へ
この手紙が君の元に届いたということは、俺がどういう形であれ死んだという事だろう。
親友の君は俺のことを大体何でも知っているだろうけど、俺は実は君に秘密にしていたことが多分一つか二つくらいある。大したことじゃないんだけれど、例えば俺が女より男の方が好きなことだとか。
それを告白しなかったのはけっして君を信用していなかったからではなく、その必要さえ感じなかったからだ。君がそれを知ろうが知るまいが、君と俺との関係に何の陰りも落ちないだろう、そう思ったからだ。
ただ、誤解されたら嫌だな、と少し不安があったことは白状する。
君は俺にとって家族より親しい存在だった。
誓って言うが、君に恋愛感情を抱いたことは一度もない。
けれど、そうであればいいのにと思ったことは実は何度もある。
君はきっと俺の女々しい感情なんか呵々と笑い飛ばして、それでもきっと生涯変わらず友人でいてくれただろうと思うからだ。
他に取り立てて言い残したいこともないけれど、最後に一つだけ。
ありがとう。
君に出会えてよかった。
じゃあ、また。
千紘
追伸
感傷に絆されて俺の小説を映画化するのは絶対にやめて欲しい。
そういう身内贔屓の作品って絶対駄作って言われるから。
”
手紙に穴が開かないようにそうっと畳み、元通り口の空いた封筒に収め、一張羅のジャケットの内ポケットにしまった。
一人きりの控室でにやりと笑って立ち上がる。
「悔しけりゃ化けて出て来いよ、千紘」
そろそろ時間だ。
神田は控室のドアを開け、試写室に向かって踏み出した。
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