705人が本棚に入れています
本棚に追加
真鳥はもう殆ど完全に回復したと言って良い状態だが、まだ自分の心理面で整理のつかない部分が残っている。再び自分より完璧なフィクションの人格を手に入れた時、過去と同じ問題を起こさないという確信が、各務には持てなかった。
各務はそんな憂いをおくびにも出さず、柔らかに微笑んで言った。
「……今の和巳君にとっては、きっと役を外に出す方が合っていますね」
「……合っているというか、楽なんです。
舞台は一公演が数時間なので、役に拘束される時間が短く、一公演が終わるごとに、一旦自分に戻ることができるんです。
そして物語の最初から終わりまでを何度も繰り返すことで、自分が演じている役に対し客観的になれる気がします。それが何というか、少し楽なんです。
勿論、演技自体が楽ということではなく、なんというか、ほっとする、というか……」
言葉の割に、真鳥は少し気持ちを落としたように俯いてしまう。
「……楽なのは不満?」
各務が穏やかに問うと、真鳥は少しだけ顔を上げた。
「生きている理由が、解らなくなるんです」
最初のコメントを投稿しよう!