六章

30/34
701人が本棚に入れています
本棚に追加
/307ページ
 虚飾の姿で友永の心を奪いたくなかった。  現実世界でまで演じてしまったら、真鳥自身の“現実”がフィクションに消えてしまう。  だから友永の前だけではずっと演じずにいたのだ。  友永は真鳥の煩悶などお構いなしに、真鳥が纏った恐れの鎧をあっさりと破壊して距離を詰め、真鳥の両肩を掴んだ。 「演技がお前の武器なんだろ? なら使えばいい、堂々と。  俺を誘惑して、俺を落として、自分の物にすればいい。  椋木静流でも、ミドリでもない、お前自身を演じて見せろ。  “真鳥和巳”を演れるのはお前だけだろ?」  真鳥は条件反射で考える。  ――“真鳥和巳”はどんなヤツだっただろう?  そいつのことはよく知っているはずだった。  死にたがりで命を邪険に扱ってきた。  だがいつの間にかその続きを見たいなんて我儘に願っている。  なぜかと言えば……多分、恋をしたからだ。  それは何て、馬鹿馬鹿しく、下らない理由であることか。  真鳥は友永を見上げた。  眉間の皺は消えていて、彼が今とても穏やかな顔をしているのは何故だろう?  彼を愛おしいと思う。  “真鳥和巳”が持っているのはただその単純な気持ちだけ。駆け引きの材料など何もない。     
/307ページ

最初のコメントを投稿しよう!