六章

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 そんな彼がどうやって友永みたいな百戦錬磨を誘惑出来るというのだろう?  肩を掴んでいた力強い掌の感覚が消え、代わりに背中を温かく抱かれた。 「ほら和巳、演じて」 「……解りません」  首を横に振る。  台詞が見つからない。脚本は何処にある? 「愛してるって言って」 「……愛してます」  教えられた台詞を言って、真鳥は俯いた。素人みたいな棒読みだった。これでは駄目だ。  “真鳥和巳”は多分演じるのが下手な奴だ。 「変えて?」  下向きの頬を友永の広い掌が包み、台詞を促すようにそっと撫でる。 「愛してます……」  あまり変わらなかった。台詞の表情にバリエーションが足りない。  友永の掌が真鳥の頬から顎に滑って真鳥の顔を上向きに引き上げた。真鳥の顔を上から覗き込んだ友永の顔は思いのほか近く、瞳は甘く潤んでいて、真鳥は脳の芯が痺れたようにその眼に見入った。 「もう一度……」  鼻に息がかかるほどの距離で囁かれ、真鳥は台詞を忘れそうになる。 「……愛しています」  友永に見つめられて台詞の最後息が詰まった。それも全然、いい演技ではなかった。だが友永は満足げに目を細め、真鳥の唇を優しく塞いだ。     
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