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映画主演のオファーがあったのはこのころだ。オファーと言っても、事務所の方がむしろ製作会社に友永を推した結果らしいのだが。
しかし、アルバイト気分だった友永はこの依頼には少々躊躇った。ドラマ撮影は講義やゼミの間を縫ってこなしたが、映画、それも主演ともなれば拘束時間が増えることは予想出来る。案の定、撮影には一か月程度かかるとの話だ。
友永は勿論この先俳優として食っていくつもりはなく、大学卒業後は順当に一般企業に就職するつもりだった。だから、学業に差し障りが出て、成績に影響が出ることを危惧したのだ。しかし製作会社が、大学の長い夏休みの間に合わせて撮影期間を設定するという条件を出してきたので、大学生活の思い出作りくらいのつもりで引き受けた。大学三年目の夏のことだった。
映画は『浪漫横丁』という。
平凡で地味な脚本家として暮らす男の現在の日常と、過去となった栄光と挫折の半生を、現在と過去を行き来しながら描くという作品で、友永は主人公の二十代から三十代を、そして友永も名前を知っている里見椿生というベテラン俳優が現在の五十代を演じるという、ダブル主演となった。
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