一章

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「小学生のお遊戯会じゃねえんだぞドヘタクソ野郎。  やる気ねえなら帰れ」  ……その場の空気が一瞬にして凍り付き、キャストもスタッフも誰もが言葉を発することを禁じられたかのように口を閉じた。  友永も唖然とし、憤りを覚える前に困惑した。  ここまでひどい罵声を浴びせられたのは友永の人生で初めてだったし、そこまで悪い演技だという自覚もなかったからだ。今まで出演したドラマでは、この程度できていれば本番でもOKが出た。  しかも、神田が何か演技指導するかと思えば、一言、 「まじめにやれ」  と言ったきりだった。  まじめにやれ? 友永の戸惑いをよそに、リハーサル二回目の声が掛かる。  まじめにとはどういうことだ? 友永は考えていた。二回目も三回目も駄目を出された。 「まじめにやれっつってんだろ」  神田は友永を横目で見て、抑揚もなく言った。  苛立ちも怒りもない、言うなれば侮蔑の言葉だ。  友永は生まれて初めて、“屈辱”という感情を知った。  試験で最高点が取れなくても、試合で優勝できなくても、本当に悔しいと思ったことがない。「ほどほどで」、楽しくやれたのならそれで十分だろうと思っていた。プライドなんてものは自分にはろくにないと思っていた。     
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