一章

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 友永は実家に戻り、両親に大学を辞めて俳優としてやっていきたいと打ち明けた。  当然ながら、夫婦は困惑した。好きな道を選べと言った父親も、おおらかで懐が広い母も、反対した。息子にとって、それが賢い選択でないだろうと考えたからだ。俳優業なんてものは博打みたいなものだ。売れればいいが、売れなければ、あるいは売れなくなれば、あっという間に食えなくなる。もしそうなったときに、他の仕事に就いてやり直したいと思っても、役者では手に職がつかず、社会人経験も積めないから、再就職も容易ではない。そう言い聞かせても、彼らの息子は前言を撤回する振りも見せない。せめて大学は卒業しろと言っても、もうそこで学ぶ目的が無いのだと言う。役者として、生きてみたいのだと言う。許せないのであれば、勘当して欲しいとまで言われ、両親は息子の意思を、容れざるを得なかった。  そういうわけで、友永のそれまでの一点の疵もなかった経歴に、大学中退という黒星がついて、俳優としての新たな人生が始まったのだ。     
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